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最終更新日:2024年03月24日

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切りくず冷却時の温度変化

切削中に飛んでくる切りくずは非常に熱いです.
切りくずが形成されてから常温になるまでにかかる時間はどのくらいなのでしょうか.
ここでは,それを計算してみたいと思います.

切りくずの温度変化を示す数式としては,「実用切削加工法」の175ページに次式があります.

\( \cfrac{ \theta_{\tau} - \theta_{0} }{ \theta_{1} - \theta_{0} } = \exp \lbrace - \cfrac{h}{\rho c}( \cfrac{2}{b} - \cfrac{2}{t_{c}} ) \tau \rbrace \)

\( \theta_{1} \): 切りくずの初期温度
\( \theta_{0} \): 冷却媒体となる流体温度
\( \theta_{\tau} \): 時間\( \tau \)での切りくずの温度
\( \tau \): 時間
\( \rho \): 比重
\( h \): 熱伝達率
\( c \): 比熱
\( b \): 切りくずの幅
\( t_{c} \): 切りくずの厚み

テンパカラーより刃先温度を求める計算図表」の式3も同じ式なのですが,時間\( \tau \)が抜けているので上式を使ったほうがいいです.
上式を変形すると次式が得られます.

\( \theta_{\tau} = (\theta_{1} - \theta_{0}) \exp \lbrace - \cfrac{h}{\rho c}( \cfrac{2}{b} - \cfrac{2}{t_{c}} ) \tau \rbrace + \theta_{0} \)

ここからは数値を代入して計算例を示します.
以下の数値を用います.

\( \theta_{1} \): 切りくずの初期温度 450 ℃=723 K
\( \theta_{0} \): 冷却媒体となる流体温度 27 ℃=300 K
\( \rho \): 比重 7850 kg/m3
\( c \): 比熱 444 J/(kgK)
\( b \): 切りくずの幅 2 mm
\( t_{c} \): 切りくずの厚み 0.346 mm(切り取り厚み0.2mm,せん断角30度を想定)

熱伝達率\( h \)に関しては「伝熱学つまみ喰い」の表2の値を参照します.
具体的には,自然対流の空気と水,強制対流の空気と水の値を用います.
下図に,切りくずの温度変化の計算結果を示します.

chipcooling
図 切りくずの温度変化

熱伝達の種類 流体の種類 熱伝達率
W/(m2K)
条件 切りくずの温度が
40℃を下回るのに
かかる時間
自然対流 空気 3.5 常温付近温度差10K 512秒
強制対流 空気 21 常温,10cm径円管内,流速3m/s 85秒
自然対流 300 常温付近温度差10K 6.0秒
強制対流 8500 20℃,10cm径円管内,流速3m/s 0.30秒

熱伝達率の数値が参考値なので微妙なところはありますが,切りくずの温度が触って問題ない程度まで下がるのにかかる時間が結構違うことがわかります.

ここまでの計算では,熱伝達率を定数として扱っていました.
また,熱伝達率の測定条件が実際の条件とは違う,という違いもありました.
そこで,ここでは,もう少し踏み込んだ数式を立てて同じ問題を解いてみます.

切りくずを水平平板とみなして,自然対流と強制対流での冷却時の温度変化を解きます.
このとき熱伝達率は次式に示すヌセルト数から算出することができます.

\( N_{u} = h\cfrac{L}{\lambda}\)
\( N_{u} \): ヌセルト数
\( L \): 代表長さ
\( \lambda \): 熱伝導率

ヌセルト数は,流体中の水平平板で,冷却面が上向きの条件下では次式が示されています.
  1. 自然対流
    層流 \( N_{u} = 0.54(G_{r} \cdot P_{r})^{\cfrac{1}{4}} \)
    at \( P_{r} \approx 1 \),\( R_{e} \lt (3 \sim 5)10^{5} \)

    乱流 \( N_{u} = 0.14(G_{r} \cdot P_{r})^{\cfrac{1}{3}} \)
    at \( 0.6 \lt P_{r} \),\( R_{e} \geqq (3 \sim 5)10^{5} \)

  2. 強制対流
    層流 \( N_{u} = 0.332R_{e}^{\cfrac{1}{2}} \cdot P_{r}^{\cfrac{1}{3}} \)
    at \( 10^{5} \lt G_{r} \cdot P_{r} \lt 2 \cdot 10^{7} \)

    乱流 \( N_{u} = 0.0296R_{e}^{\cfrac{4}{5}} \cdot P_{r}^{\cfrac{1}{3}} \)
    at \( 2 \cdot 10^{7} \lt G_{r} \cdot P_{r} \lt 3 \cdot 10^{10} \)
\( R_{e} \): レイノルズ数
\( G_{r} \): グラスホフ数
\( P_{r} \): プラントル数

密度,粘性係数,比熱,熱伝導率,体積膨張率といった物性値を定数とすると,レイノルズ数とプラントル数は定数になります.
グラスホフ数は温度を変数に持ちます.

この時点で,強制対流のヌセルト数は定数となり,熱伝達率も定数になります.
自然対流のヌセルト数はグラスホフ数を持つので温度を変数に持ちます.

冷却時の状況から層流とは考えにくいので,乱流を仮定します.
ここでこの仮定を置いているのは,\( R_{e} \),\( G_{r} \),\( P_{r} \)の計算結果が上式の範囲内に入らないのが原因です.
そうなると上式を使っていることの妥当性がなくなるのですが,参考程度に計算を続けます.

切りくずを冷却する場合,上下面があるので,それように数式を書き換えます.
自然対流では,冷却面が下面の場合の数式を足します.
強制対流では,上下面の区別がないものと仮定して2倍しています.
こういう考慮の仕方でいいのかどうかはやや不明ですが,これで熱伝達率の計算結果でも上下面が考慮できることになります.
  1. 自然対流
    乱流 \( N_{u} = 0.14(G_{r} \cdot P_{r})^{\cfrac{1}{3}} + 0.58(G_{r} \cdot P_{r})^{\cfrac{1}{5}} \)

  2. 強制対流
    乱流 \( N_{u} = 0.0592R_{e}^{\cfrac{4}{5}} \cdot P_{r}^{\cfrac{1}{3}} \)
これらのヌセルト数から熱伝達率を計算することができます.

次に,熱放射による冷却の効果を考えます.

\( E = 5.67 \varepsilon \lbrace (\cfrac{\theta_{\tau}}{100})^{4} - (\cfrac{\theta_{0}}{100})^{4} \rbrace \)

\( E \): 放射能
\( \varepsilon \): 放射率(切りくずの材質を鉄として0.2とします)

熱伝達率と熱放射を次式に代入して数値計算を行い,温度変化を算出します.
また,熱伝達と熱放射による単位面積当たりの冷却能力を熱流束として計算します.

\( \rho c V \cfrac{\varDelta \theta_{\tau} }{\varDelta \tau} = hA( \theta_{\tau}-\theta_{0}) + 2EA\)
より
\( \varDelta \theta_{\tau} = \cfrac{1}{\rho c t_{c}} \lbrack h( \theta_{\tau}-\theta_{0}) + 11.34 \varepsilon \lbrace (\cfrac{\theta_{\tau}}{100})^{4} - (\cfrac{\theta_{0}}{100})^{4} \rbrace \rbrack \varDelta \tau \)

chipcooling
図 切りくずの温度変化(ヌセルト数から熱伝達率を算出)


heatflux
図 熱流束の変化

熱伝達の種類 流体の種類 切りくずの温度が
40℃を下回るのに
かかる時間
上表で示した
計算結果
自然対流 空気 670秒 512秒
強制対流 空気 97秒 85秒
自然対流 2.3秒 6.0秒
強制対流 0.02秒 0.30秒

温度差による熱流束の変化を考慮しても,計算結果はあまり変わっていないです.
空気による自然対流で切りくずの冷却に約10分かかる,というのは感覚としては長いような気がします.
切りくずは実際には機内で落ちて,工作機械と接触することによる熱伝達が生じているので,実際には時間が短くなるはずだと考えます.

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