切削シミュレーションに思うこと
切削理論を使って,切削抵抗や切削温度,切りくず流れをシミュレーションするという試みは数多くなされています.
わかりやすいのでいえば,有限要素法を使うものがありますが,他の方法も様々に提案されています.
また,それらの手法を用いた切削シミュレーションソフトウェアも市販されています.
そのため,切削シミュレーションを実施されているかたも多いと思います.
しかしながら,個人的な意見としては,切削シミュレーションの計算結果を盲信するのはやめたほうがいいと思います.
その理由は,切削を構成する以下の要素が理論的に未解決であったり,考慮できていなかったりするためです.
切削加工で工作物を塑性変形させつつ破壊するとき,ひずみ速度は通常の引張試験機とは比べ物にならないくらい高いです.
ひずみ速度が高いとき,変形抵抗も高くなります.
意味が違うかもしれませんが,例えば,高いところから海に落ちると,海水がコンクリートのようになると言われていますが,あんな感じだと思います.
この「高ひずみ速度域における応力-ひずみ曲線」が理論的には求まっていません.
そのため,切削加工における材料変形のシミュレーションには,これを実験的に求めた結果を入力する必要があります.
しかしながら,これを測定するには,よくある引張試験機ではなく,特殊な測定器(例えば,スプリットホプキンソンプレッシャーバー試験機,SHPB試験機ともいう)が必要になります.
こんな装置は,誰でも持っているわけではないので,切削加工で使われている全材料で「高ひずみ速度域における応力-ひずみ曲線」が既知であるわけがありません.
また,この「高ひずみ速度域における応力-ひずみ曲線」は温度の影響を強く受けるために,1つの材料あたりに,ひずみ速度と温度を変えた多くの条件で測定を実施する必要があります.
自分で切削シミュレーションを実施する際には,この「高ひずみ速度域における応力-ひずみ曲線」が正しいかどうかを考えることが重要です.
切削加工においては非常に高い圧力が加工点において生じており,このような環境における摩擦現象もまた理論的には明らかにされていません.
摩擦力の最大値が被削材のせん断強度と等しいとか,色々な考え方があり,「摩擦力は垂直荷重に比例する」というような単純な法則は成立しません.
また,摩擦力は切削工具の表面性状などの影響も受けるため,それらの要素を完全にシミュレーションに取り込むことは難しいと考えます.
凝着や溶着,熱拡散といったような化学的な現象は,工具材質と被削材の親和性に影響を受けます.
しかしながら,この影響を考慮することも非常に難しいです.
切削工具の剛性,工作物の剛性,被削材の強度,の3つが釣り合うように切削工具と工作物の弾性変形量が定まり,そこで切削抵抗が定まるはずである.
しかしながら,切削工具や工作物の弾性変形により,刃先位置が移動しているような効果を考慮していない.
剛性が十分に高い装置であれば,この影響は無視できるが,存在を忘れてはいけない.
個人的に考えている問題点についてつらつらと書きましたが,切削シミュレーションそのものを否定するつもりはありません.
これらの試みも,切削加工の進展には必要だと考えるからです.
問題なのは,切削シミュレーション結果を絶対的に正しいと盲信することです.
切削シミュレーションのソフトウェアが市販されているからかもしれませんが,切削シミュレーションの計算結果をそのまま信じている人が多いように感じます.
シミュレーションに使われている計算条件を見たりすると,摩擦係数が一定値で固定になっていたりする場合があります.
これはどう考えてもおかしいと思いますが,計算条件を見たりしなければ気づきませんし,摩擦現象に影響が出ることを知らなければ何も思わないと思います.
計算条件をちゃんと把握したうえで使うのであれば,加工条件変更に伴う相対的な影響くらいは把握することができると思います.
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