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最終更新日:2024年05月19日

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切削抵抗と,工具と工作物の剛性

切削抵抗が何から計算できるかというと,切削面積と比切削抵抗の積で表すことができます.
切削面積は,切込み量と一回転当たり送り量(転削なら一刃当たり送り量)の積で表すことができます.

この切削抵抗を受け止めるために,工具と工作物側に変位が発生します.
物体が荷重を発生させるためには完全剛体でもない限り,必ず変位しないといけないからです.
この変位は,剛性の影響を受けます.
工具側の剛性は,工具や主軸,送り系の影響を受けます.
工作物側の剛性は,工作物や治具,送り系の影響を受けます.

工具側と工作物側が変位すると,加工点において両者の間に相対変位が発生します.
この相対変位が切込み量に影響すると,切削面積が変化し,切削抵抗も変化します.
つまり,切削抵抗が相対変位を定め,相対変位が切削抵抗に影響するという相互関係があることがわかります.

簡単な理解のために静的な現象として整理しますと,この問題は,工具と工作物間の相対変位を考慮したうえで,切削抵抗と,工具側変位による反力,工作物側変位による反力が釣り合う条件を探すことになります.
この相対変位は常に発生しており,かつ,この相対変位は切込み量を変動させているので,加工誤差になって加工面に残ります.

上記した関係性の整理により,下記2点がわかります.


実際には,動剛性とか強制振動,自励振動などの影響も入ってくるので簡単な話ではないのですが,上記理解は根本的な部分の理解としては重要だと考えています.

ということで,簡易的なモデルを作成して,工具剛性や工作物剛性がどのように影響するのかを見てみることにします.
簡易的なモデルということで,二次元切削モデルで考えます.
X方向とY方向において,工具の弾性変形の反力,工作物の弾性変形の反力,切削力による荷重の3つが釣り合うものとします.

\(\displaystyle F_{cx} = F_{tx} = F_{wx} \)
\(\displaystyle F_{cy} = F_{ty} = F_{wy} \)

\( F_{cx} \): 切削抵抗のX方向成分
\( F_{cy} \): 切削抵抗のY方向成分
\( F_{tx} \): 工具の弾性変形の反力のX方向成分
\( F_{ty} \): 工具の弾性変形の反力のY方向成分
\( F_{wx} \): 工作物の弾性変形の反力のX方向成分
\( F_{wy} \): 工作物の弾性変形の反力のY方向成分

次に,弾性変形量と反力の関係式,および,弾性変形を考慮した切削抵抗の式を定めます.

\(\displaystyle F_{tx} = K_{txy}D_{txy} \)
\(\displaystyle F_{ty} = K_{tyy}D_{tyy} \)
\(\displaystyle F_{wx} = K_{wxy}D_{wxy} \)
\(\displaystyle F_{wy} = K_{wyy}D_{wyy} \)
\(\displaystyle F_{cx} = K_{cx}w(h - D_{txy} - D_{tyy} - D_{wxy} - D_{wyy}) \)
\(\displaystyle F_{cy} = K_{cy}w(h - D_{txy} - D_{tyy} - D_{wxy} - D_{wyy}) \)
\(\displaystyle F_{cx} = \cfrac{K_{cx}}{K_{cy}}F_{cy} \)

\( K_{txy} \): 工具におけるX方向荷重に対するY方向変位の関係を示す剛性
\( D_{txy} \): 工具におけるX方向荷重によって生じるY方向変位(例えば,旋削工具での曲げたわみによる工具軸方向への刃先位置の変化が挙げられる)
\( K_{tyy} \): 工具におけるY方向荷重に対するY方向変位の関係を示す剛性
\( D_{tyy} \): 工具におけるY方向荷重によって生じるY方向変位
\( K_{wxy} \): 工作物におけるX方向荷重に対するY方向変位の関係を示す剛性
\( D_{wxy} \): 工作物におけるX方向荷重によって生じるY方向変位
\( K_{wyy} \): 工作物におけるY方向荷重に対するY方向変位の関係を示す剛性
\( D_{wyy} \): 工作物におけるY方向荷重によって生じるY方向変位
\( K_{cx} \): X方向の比切削抵抗(主分力)
\( K_{cy} \): Y方向の比切削抵抗(背分力)
\( w \): 切り取り幅
\( h \): 切込み深さ

これらの式を\( F_{cx} \)について解くと次式が得られます.
\(\displaystyle F_{cx} = \cfrac{ K_{cx}wh }{ 1 + K_{cx}w ( \cfrac{1}{ K_{txy} } + \cfrac{1}{ K_{wxy} } ) + K_{cy}w ( \cfrac{1}{ K_{tyy} } + \cfrac{1}{ K_{wyy} } ) } \)
\(\displaystyle = \cfrac{ h }{ \cfrac{1}{K_{cx}w} + ( \cfrac{1}{ K_{txy} } + \cfrac{1}{ K_{wxy} } ) + \cfrac{K_{cy}}{K_{cx}} ( \cfrac{1}{ K_{tyy} } + \cfrac{1}{ K_{wyy} } ) } \)

上式の面白い点は,分母の構造にあります.
分母は3つの項からなり,全て剛性の逆数なので,単位は「変位/荷重」でコンプライアンスになっています.
比切削抵抗と切り取り幅の積は剛性と同じ単位を持つので,切削剛性と呼ばれます.
3つの剛性の逆数の和を計算しているので,工具剛性と工作物剛性,切削剛性をそれぞれ持つ3つのばねを直列に繋いだような場を形成していることがわかります.

まず,上式において工具剛性と工作物剛性の影響を無視した場合にどうなるかを確認します.
影響を無視しているときは工具と工作物を完全剛体として捉えているので,剛性を無限大として計算します.
そのため,\( K_{txy} \to \infty \), \( K_{tyy} \to \infty \), \( K_{wxy} \to \infty \), \( K_{wyy} \to \infty \)と仮定します.
このとき,分母の1以外の項が全部ゼロになるので,次式が得られます.

\(\displaystyle F_{cx} = K_{cx}wh \)

よくみる,切削抵抗と比切削抵抗の関係式が得られました.
これが出てくるだけでは何も面白くないので,工具剛性や工作物剛性がどのように影響するのかを,もう少し詳しく見てみることにします.
今回作ったモデルにおいては,上記の仮定でゼロになってしまった4つの項に重要な意味があります.
それぞれの項では,分子が比切削抵抗と切り取り幅\( w \)の積,分母が工具または工作物の剛性という構成になっています.
そして,それによって計算される比率が,本来の切削抵抗\(\displaystyle K_{cx}wh \)に対する分母となり,切削抵抗を変化させます.

ここで実際に数値を代入して,どのくらいの影響が生じうるのかを計算します.
具体的には,鋼のフライス加工を想定します.
\(\displaystyle K_{cx} = 2000 \) (MPa)
\(\displaystyle K_{cy} = 1150 \) (MPa)
\(\displaystyle w = 2 \) (mm)
とすると,
\(\displaystyle K_{cx}w = 4000 \) (N/mm)
\(\displaystyle K_{cy}w = 2300 \) (N/mm)
となります.
要素を入れすぎるとわかりにくくなるので,\(\displaystyle K_{tyy} \)にのみ数値を入れて考えることとし,残りの剛性は無限大と仮定します.
工具に100Nが加わったときに5μm変位すると仮定すると,工具側の剛性\(\displaystyle K_{tyy} \)は20000(N/mm)となります.
このとき,切削抵抗\(\displaystyle F_{x} \)は,工具剛性を考慮しないときに比べて,89.6%に減少します.
工具剛性をもう少し低くして,工具に100Nが加わったときに15μm変位すると仮定すると,工具側の剛性\(\displaystyle K_{tyy} \)は6667(N/mm)となります.
このとき,\(\displaystyle F_{x} \)は,工具剛性を考慮しないときに比べて,74.3%に減少します.

以下に\(\displaystyle K_{tyy} \)による切削抵抗変化をグラフにしたものを示します.
比較対象としての被削材をアルミニウム合金とし,\(\displaystyle K_{cx} = 800 \) (MPa),\(\displaystyle K_{cy} = 460 \) (MPa)を同条件で計算して追加しています.

forcechangewithKtyy

比切削抵抗が小さいアルミニウム合金では,切削抵抗の減少割合が小さくなっていることがわかります.
ついでに,切込み深さ\( h \)を0.2 mm/tで一定とし,工具変位\( D_{tyy} \)を計算してみた結果を下図に示します.

displacementchangewithKtyy

切削抵抗変化の逆数のような形で,工具変位が変化することがわかります.

上記した内容で面白いのは切削抵抗の減少に影響する項が「分子が比切削抵抗と切り取り幅の積,分母が工具または工作物の剛性という構成」になっていることです.
切り取り幅\( w \)は,旋削加工では切込み深さ,転削加工では軸方向切込み深さに相当します.
これが大きいと,剛性の影響による切削抵抗の変化量が大きくなります.
言われてみれば当たり前なのですが,数式として出てくると結構面白いと思います.

また,切込み深さ\( h \)は,旋削加工では1回転当たりの送り量,転削加工では1刃当たりの送り量に相当します.
これらが小さいと,比切削抵抗は大きくなる傾向にあります.
そのときも,剛性の影響による切削抵抗の変化量が大きくなることがわかります.
ただし,このときは切削抵抗自体が小さくなっているので,その影響は絶対値としては小さくなっており,わかりにくくなっています.



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