切削工具と工作物の材質に必要な硬度差
「切削をしようと思うと切削工具と工作物の間で硬度差が2倍から3倍は必要だ」と言われています.
ただ,その「2倍から3倍」というのがどこから来ているのかを私は知りません.
実際の切削工具と工作物の硬度差がそのくらいなのでしょうか.
それとも,実体験として,その差が2倍以下になると切削ができなくなるのでしょうか.
よくわからないので,その検証をしてみたいと思います.
切削の可否を検討する際の考慮対象としては,材質の差と,形状の差があります.
形状の差としては,工具形状に起因する応力分布が挙げられます.
ここでは材質の差の話を考えたいので,形状の差は無視します.
そこで,すくい角など持たず,工具側と工作物が同じ形状であるとします.
具体的には,同じ形状の四角柱同士が切込み量をもって干渉し,片方が切りくずとして連続的に除去されていると仮定します.
ここで重要なのは,切削熱による高温条件下において,工具側は連続的に切りくずを処理し続ける必要があるため,塑性変形が起きてはいけないということです.
耐熱鋼などの複雑な材質を持ってくると単純化した考察ができないので,よくある鋼材に近い特性を適当に集めて考察を進めます.
硬度と引張り強さの換算においては,簡易的な変換式では,線形関係にあることになっています.
よって,硬度差が2倍あれば,引張り強さも2倍あると仮定することができます.
これに,高温強度と塑性変形の2条件を追加して考察を加えることで,工具に塑性変形が生じずに,工作物が破壊されるのに必要な強度比を試算します.
- 高温強度
工具側は,切削加工の間ずっと加熱されます.
工作物側は,連続的に新しい材料が供給されます.
そのため,工具側のほうが若干温度が高くなることが予想されます.
温度差を図るための道具やシミュレーションもできないので,参考文献をもとにして適当に決めます.
参考文献1によると,工具温度が750℃,せん断面付近での工作物温度が630℃となります.
この温度差で,高温引張特性がどのくらい変わるかを調べます.
参考文献2と3によると,SS400(SS41)の引張り強さが750℃で8kgf/mm2,630℃で15kgf/mm2というデータがあります.
そのため,加工時の温度差を覆すには1.875倍の強度比が必要であることになります.
- 塑性変形が起きない
工具に塑性変形が発生すると,定常的な加工を続けることができません.
鋼で考えると,工具側は上降伏点に達することなく切削抵抗を生み出しており,同時に,工作物側は破断強度に達していることになります.
参考文献4のS45Cの応力ひずみ線図を見ると,上降伏点が480N/mm2,引張り強さが700N/mm2となっています.
比率を計算すると,1.45倍の強度比が必要であることになります.
適当な計算での計算結果が偶然それっぽい値になっただけのような気もしますが,少なくとも約3倍の強度比がないと加工はできないという結論になりました.
そのため,2倍から3倍の硬度差が必要というのは,あながち嘘ではないような気もします.
ただし実際には,工具形状や,高ひずみ速度かつ高温状況下での応力-ひずみ線図,衝撃力,安全率を考えないといけません.
また,工具材質が高速度鋼,超硬合金,CBN,ダイヤモンドなどになると強度や熱特性が全く違うものになります.
そう考えると,実際の加工時の強度比は2倍や3倍どころではなく,もっと高い比率になっているのではないかと考えます.
- 参考文献:
- 奥島啓弐,垣野義昭,切削加工における温度解析,精密機械,Vol.36,No.1(1970),pp.1-7
- 平島岳夫,材料の高温性状 鋼材の高温時における機械的特性,コンクリート工学,Vol.45,No.9(2007),pp.92-96
- 斎藤光,鋼材が受ける火災の影響,コンクリートジャーナル,Vol.11,No.8(1973),pp.30-36
- 新潟県工業技術総合研究所,鋼材の降伏点について,http://www.iri.pref.niigata.jp/topics/R2/2kin6.html
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