熱き裂と工具径
断続切削であるフライス加工において切削油による冷却を行うと,刃先が急激に冷えて熱応力が生じ,熱き裂が発生しやすいです.
という話は,よく言われています.
では,切削油を使わなければいいのか,というとそうでもないです.
フライス加工の場合,通常は,工具の半回転以上は切削加工を行っていない空転時間があり,これが強制空冷による冷却時間に相当します.
この冷却によっても熱き裂が生じる場合があります.
当然ながら,この冷却時間が長いほど,刃先に生じる温度変化が大きく,熱き裂が生じやすくなります.
この冷却時間は,半径方向切込み深さと工具径の影響を受けます.
参考文献によると,以下のような傾向になると考えられます.
被削材が同じだとして工具径を変えたとき,切削速度は変える必要がないので,回転数が変化します.
そこで,半径方向切込み深さよりも工具径が大きいという条件で,工具径を変えていったとき,空冷時間はどのように変化するのでしょうか.
ここでは,それを計算してみます.
まず,フライス加工でのセンタカットを仮定します.
工作物の幅をWとしたとき,次式が成立します.
\( \theta_{cut} = 2\arcsin( \cfrac{ \cfrac{W}{2} }{ \cfrac{D}{2} } ) = 2\arcsin( \cfrac{ W }{ D } ) \)
\( \theta_{cut} \): 刃先の任意の1点が工作物と接触してから離脱するまでの角度
\( W \): 半径方向切込み深さ(センタカット想定)
\( D \): 工具径
刃先の任意の1点が工作物と接触してから離脱するまでの角度が\( \theta_{cut} \)なので,空転している回転角度範囲として次式が成立します.
\( \theta_{air} = 2 \pi - \theta_{cut} \)
\( \theta_{air} \): 刃先の任意の1点が工作物から離脱してから再接触するまでの角度(空転角度)
ここで,工具の角速度を次式で求めます.
\( V_c = \cfrac{D \pi S}{1000} \)
\( \omega = \cfrac{2 \pi S}{60} = \cfrac{2000 V_c}{60 D } \)
\( V_c \): 切削速度
\( S \): 回転数
\( \omega \): 工具の角速度 (radian/second)
これらを使って,工具が切削している時間と,工具が空転している時間を計算すると次式になります.
\( T_{cut} = \cfrac{60 D \arcsin( \cfrac{ W }{ D }) }{1000V_c} \)
\( T_{air} = \cfrac{60 D \{ \pi - \arcsin( \cfrac{ W }{ D }) \} }{1000V_c} \)
\( T_{cut} \): 工具が切削している時間
\( T_{air} \): 工具が空転している時間
では,実際の数値を入れて計算してみます.
切削速度は200m/minとし,半径方向切込み深さは25mmとします.
工具径を25mm,32mm,40mm,50mm,63mm,80mm,100mm,125mm,160mm,200mmと変化させます.
下図に,この条件下で,工具が切削している時間と,工具が空転している時間が工具径でどのように変化するかの計算結果を示します.
図 工具径による,工具が切削している時間と,工具が空転している時間への影響
工具径と半径方向切込み深さが同じになる工具径25mmの条件では,工具が切削している時間と,工具が空転している時間は0.0118秒で同じです.
加工時間は工具径の影響をあまり受けていません.
その一方,工具径が大きくなるにつれて,空転時間が長くなっていることがわかります.
工具径200mmでは,切削時間が0.0075秒であるのに対し,空転時間は0.1810秒となっており,両者の比は24倍にまで変化しています.
1回転あたりの切削体積は同じなので,仕事量は同じになります.
仕事量が同じであるため,切削中に生じる切削熱もほぼ同じであると考えられます.
よって,工具径が大きくなると,空転時間が増えて冷却作用が大きくなり,刃先の温度変化は大きくなるであろうことがわかります.
わかりきっていることを計算しただけですが,工具径によって空転時間がここまで大きく変化するとは思いませんでした.
参考文献:
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