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最終更新日:2023年12月03日

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動不釣り合い修正における座標系位置選択の影響

動不釣り合いを計算するときには,静不釣り合いと偶不釣り合いを計算することになります.
静不釣り合いは荷重ベクトル同士の和なので,座標系の位置によって計算結果は変わりません.
ここで座標系ではなく,座標系の位置と書いているのは,座標系が回転すると静不釣り合いの計算結果が変わるためです.
通常,直交座標系のうちの1軸は回転軸と一致させるため,ここでは座標系の回転は対象としていません.

偶不釣り合いを計算する場合,偶不釣り合いはモーメントの和を計算しているため,座標系の原点の位置によって値が変化します.
そのため,偶不釣り合いの値が必要となる座標系を選択する必要があります.
切削工具やツールホルダの不釣り合いにおいては,主軸との接続部を座標系の原点に取ることになります.
これは,切削工具やツールホルダの変位が,その原点周りで生じることからも理解できます.

ここから個人的に不思議に思っていたことについて書きます.
「偶不釣り合いはモーメントの釣り合いを計算しているため,座標系の位置によって値が変化します.」と書きました.
しかしながら,不釣り合い修正によって動不釣り合いがゼロになった状態において,座標系の位置を変化させて再計算しても,動不釣り合いはゼロという計算結果が得られます.
例えば,主軸との接続部を座標系の原点において不釣り合い修正をしたのちに,原点を重心位置に移動させても動不釣り合いはゼロのままになります.
よって,動不釣り合いがゼロの場合は,座標系に依存せずゼロのままなのです.

普通に考えれば「動不釣り合いが特定の座標系でゼロなのに,座標系が変わっただけでゼロでなくなって急に釣り合いがとれなくなるのはおかしいだろう.」とわかります.
しかしながら,モーメントの釣り合いが位置に依存せず一定になる理屈がよくわかりませんでした.
それが今回,理解できたので,その導出過程を以下に示します.

まず,ある座標系の位置において,静不釣り合いと偶不釣り合いが成立していると仮定します.
この座標系の位置は任意なので,何の制限も受けません.

静不釣り合いは次式で示されます.
\( \displaystyle \sum_{i=1}^{n}F_i = 0 \)

\( F_i \): 点iにおける荷重ベクトル

偶不釣り合いは次式で示されます.
\( \displaystyle \sum_{i=1}^{n} r_i \times F_i = 0 \)

\( r_i \): 原点から点iまでの位置ベクトル

この条件下で座標系を移動させると,各荷重点までの位置ベクトルは次式で示されます.
\( R_i = r_c + r_i \)

\( R_i \): 座標系の位置変更後の原点から点iまでの位置ベクトル
\( r_c \): 座標系の位置変更を示す位置ベクトル

このとき,静不釣り合いには位置ベクトルが関与しないので成立したままです.
座標系の位置変更後の偶不釣り合いは次式で示されます.
\( \displaystyle \sum_{i=1}^{n} R_i \times F_i \)
\( = \displaystyle \sum_{i=1}^{n} (r_c + r_i) \times F_i \)
\( = \displaystyle \sum_{i=1}^{n} r_c \times F_i + \displaystyle \sum_{i=1}^{n} r_i \times F_i \)
\( = r_c \times ( \displaystyle \sum_{i=1}^{n} F_i ) + \displaystyle \sum_{i=1}^{n} r_i \times F_i \)
\( = r_c \times ( 0 ) + 0 \)
\( = 0 \)

座標系の位置変更後の偶不釣り合いはゼロになりました.
ただし,計算途中で,静不釣り合いがゼロであることと,座標系の位置変更前の偶不釣り合いがゼロであることを使っています.
つまり,「静不釣り合いがゼロで,偶不釣り合いがゼロ」という特定の条件下であれば,座標系の位置が変わっても偶不釣り合いはゼロのままになることがわかります.
ついでにですが,静不釣り合いがゼロであれば,動不釣り合いの値がゼロでなくても座標系の位置によって変化しないこともわかります.

よって,このページでわかったことをまとめますと,以下のようになります.
動不釣り合いの値を求めたい場合には,座標系の位置選択は重要です.
実際の使用状況を考慮して決定してください.
しかしながら,動不釣り合いを不釣り合い修正によってゼロにする場合は,座標系の位置は任意の位置でも良い,ということになります.


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