切削加工中の消費電力
最近はLCAやカーボンニュートラル,GXやらで,CO2排出量が重要視されるようになってきました.
そうなると切削加工においてCO2排出量を管理することになるかもしれません.
その場合,基本的には消費電力を管理することになると思います.
それに関する情報収集で得られたものを以下に示します.
まず,電力を消費する原因について羅列します.
- 工作機械:操作盤の動作などで電力を消費する.基本的には待機電力に相当する.
- 主軸:空転時や切削加工時に電力を消費する.
- 送り駆動系:駆動時や切削加工時に電力を消費する.
- ポンプ:切削油剤を供給するときに電力を消費する.温度制御をしているとその分も増える.
- 照明:点けていると電力を消費する.
以下は,各参考文献などで指摘されている知見などです.
- 工具経路によって消費電力が変わる
送り駆動系の電力消費は,被駆動体の質量の影響を受けます.
そして,工作機械にはX軸,Y軸,Z軸や回転軸があります.
軸が複数あるために,ある軸が,他の軸の上に載っている場合があります.
例えば,Y軸の上にX軸が載っているとします.
このとき,X軸は工作物とテーブルを動かすことになりますが,Y軸は工作物とテーブルに加えてX軸の送り駆動系を動かすことになります.
つまり,Y軸の被駆動体の質量は,X軸よりも大きいということになり,消費電力は,その質量に比例します.
ということは,工作物をテーブル上に設置するときに,向きを90度変えるだけで,消費電力が変わる場合があることを示唆しています.
同様に,5軸加工機ではテーブルを傾けたときの角度によって,その姿勢の保持に必要な消費電力が変わります.
- 工作物を置く位置によって消費電力が変わる
今度は工作物の「方向」ではなく,「位置」です.
5軸において回転軸を備えたテーブル上に工作物を置いて,同時5軸加工を実施する場合を考えます.
回転軸中心付近に工作物を置いた場合と,回転軸中心から離れた位置に工作物を置いた場合を考えます.
このときに代わるのは,テーブル上での慣性モーメントと,ある角度回転させたときの工作物の移動距離です.
慣性モーメントが大きいと,回転させるときに必要な消費電力が増えます.
また,ある角度回転させたときに工作物の移動距離が大きいということは,その移動に主軸を追従させるのに速度が必要になり,消費電力が増えます.
回転軸中心付近に工作物を置いた場合は,テーブル上での慣性モーメントと,ある角度回転させたときの工作物の移動距離のどちらも小さいです.
よって,回転軸中心付近に工作物を置いたほうが消費電力を小さく抑えられると考えられます.
- 加工能率によって消費電力が変わる
旋削,転削,穴あけで異なりますが,消費電力(切削動力)の計算式があります.
基本的には加工能率を上げると,切削による消費電力は増えます.
ただし,計算式中に比切削抵抗が含まれているので,加工能率の上げかたによっては,消費電力が線形には増えない場合があります.
- 旋削
\( P = K \cdot ap \cdot f_r \cdot \cfrac{d_w}{2} \cdot \cfrac{S}{60} = \cfrac{ K \cdot ap \cdot V_c}{60} \)
\( P \): 消費電力
\( K \): 比切削抵抗
\( ap \): 切込み深さ
\( f_r \): 1回転当たりの送り量
\( d_w \): 工作物直径
\( S \): 回転数
\( V_c \): 切削速度
- 転削
\( P = K \cdot ap \cdot ae \cdot f_z \cdot Z \cdot \cfrac{S}{60} = \cfrac{ K \cdot ap \cdot ae \cdot V_f}{60} \)
\( P \): 消費電力
\( K \): 比切削抵抗
\( ap \): 軸方向切込み深さ
\( ae \): 半径方向切込み深さ
\( f_z \): 1刃当たりの送り量
\( Z \): 刃数
\( S \): 回転数
- 穴あけ
\( P = K \cdot f_r \cdot \cfrac{d_t^{2}}{8} \cdot 2 \pi \cdot \cfrac{S}{60} \)
\( P \): 消費電力
\( K \): 比切削抵抗
\( f_r \): 1回転当たりの送り量
\( d_t \): 工具径
\( S \): 回転数
- 旋削
- 加工時間によって消費電力が変わる
加工能率を上げた分だけ消費電力が増えるのなら,加工時間を変えても消費電力量が変わらないので,たいして意味はないです.
しかしながら,工作機械やポンプの消費電力が入ってくると別です.
これらによる消費電力量は加工時間が短縮された分だけ減少します.
それによって,製品1個の製造に必要な電力量を減少させることができます.
ここで簡単な式を使って,電力量を減らす方法について考えてみます.
まず,消費電力を,加工能率と比切削抵抗に比例するものと,加工能率と比切削抵抗に関係なく一定のもの2種類に分けます.
加工能率と比切削抵抗に比例するものとしては,切削動力,主軸動力,送り軸動力が考えられます.
加工能率と比切削抵抗に関係なく一定のものとしては,工作機械の待機電力,切削油剤のポンプ,照明が考えられます.
\( P_{all} = P_c + P_m \)
\( P_{all} \): 切削加工中の消費電力全体
\( P_c \): 加工能率と比切削抵抗に比例する消費電力
\( P_m \): 加工能率と比切削抵抗に関係なく一定の消費電力
\( P_c \)は加工能率と比切削抵抗に比例するので,次式が成立するものと仮定します.
\( P_c \propto K \cdot ap \cdot ae \cdot V_f = K \cdot ap \cdot ae \cdot \cfrac{S}{60} \cdot Z \cdot f_z \)
次に,加工能率を上げる前と上げた後の消費電力量を比較する式を立てます.
\( \delta W = ( P_{c2} + P_m )T_2 - ( P_{c1} + P_m )T_1 \)
\( \delta W \): 消費電力全体の変化量
\( P_{c1} \): 加工能率改善前での加工能率に比例する消費電力
\( P_{m1} \): 加工能率改善前での加工能率に関係なく一定の消費電力
\( T_1 \): 加工能率改善前での加工時間
\( P_{c2} \): 加工能率改善後での加工能率に比例する消費電力
\( P_{m2} \): 加工能率改善後での加工能率に関係なく一定の消費電力
\( T_2 \): 加工能率改善後での加工時間
よって,\( \delta W \)が負値となれば,消費電力量を減らせているということになります.
\( P_{c2} \)では,何らかの切削条件を\( \beta \)倍することにより,加工能率を改善しているものとします.
まず,この定義では,\( \beta \gt 1 \)が成立します.
次に,\( P_{c1} \)と\( P_{c2} \)を次式で示します.
\( P_{c1} = \alpha \cdot K \cdot ap \cdot ae \cdot \cfrac{S}{60} \cdot Z \cdot f_z \)
\( P_{c2} = \alpha \cdot \beta \cdot K \cdot ap \cdot ae \cdot \cfrac{S}{60} \cdot Z \cdot f_z \)
\( \alpha \)は加工能率から消費電力を計算するときの係数であると定義し,それには機械効率も含まれています.
\( \alpha \gt 0 \)が成立するものとします.
また,単純に考えると,加工時間は加工能率によって決まりますので,次式で定義しておきます.
\( T_1 = \cfrac{60V}{ap \cdot ae \cdot S \cdot Z \cdot f_z} \)
\( T_2 = \cfrac{60V}{ \beta \cdot ap \cdot ae \cdot S \cdot Z \cdot f_z} = \cfrac{T_1}{\beta} \)
\( V \): 最終的に除去される工作物の体積
加工能率に関係なく一定の消費電力を使用する部分は,加工能率の変化前後で変わらないので,次式で定義します.
\( P_{m1} = M \)
\( P_{m2} = M \)
\( M \): 加工能率改善前後で加工能率に関係なく一定の消費電力を計算するときの係数
これらの数式を\( \delta W \)に代入して整理すると,次式が得られます.
\( \delta W = \lbrace M (\cfrac{1}{\beta} - 1) + \alpha \cdot ap \cdot ae \cdot \cfrac{S}{60} \cdot Z \cdot f_z \cdot (K_2 - K_1) \rbrace \cfrac{60V}{ ap \cdot ae \cdot S \cdot Z \cdot f_z } \)
\( ap \),\( ae \),\( S \),\( Z \),\( f_z \)のいずれかを\( \beta \)倍したと仮定した場合に,\( \delta W \)が負値となることが証明できれば,消費電力量が減少するということになります.
よって,次式が成立すればいいことになります.
\( M (\cfrac{1}{\beta} - 1) + \alpha \cdot ap \cdot ae \cdot \cfrac{S}{60} \cdot Z \cdot f_z \cdot (K_2 - K_1) \lt 0 \)
2つの項の和が負になればいいので,どちらかが正で,どちらかが負でも上記条件さえ満たせばいいことになります.
\( \beta \gt 1 \)より,\( \cfrac{1}{\beta} - 1 \lt 0 \)が常に成立することから,\( K_2 - K_1 \)が多少は正になってもいいです.
ただし,この場合は,各部の消費電力の大小関係を考えないといけないので,ややこしいです.
単純な考え方としては,\( \cfrac{1}{\beta} - 1 \)と,\( K_2 - K_1 \)が両方とも負値であれば,\( \delta W \)も常に負となることです.
よって,\( K_2 - K_1 \)が負値であれば,\( \delta W \)も常に負値となることがわかります.
これであれば,比較的簡単に検討することができます.
下表にその影響を検討した結果を示します.
切削条件変更 比切削抵抗
の変化\( K_2 - K_1 \) \( \delta W \) 備考 \( \beta \cdot ap \) \( K_2 = K_1 \) ゼロ 負 \( \beta \cdot ae \) \( K_2 \geqq K_1 \) 正 不明 改善前がセンタカットの場合,aeの増加は実切り取り厚みの小さい領域での切削を増やすので,比切削抵抗が増大 \( K_2 \leqq K_1 \) 負 負 改善前が肩削りの場合,aeの増加は実切り取り厚みの大きい領域での切削を増やすので,比切削抵抗が減少 \( \beta \cdot S \) \( K_2 \leqq K_1 \) 負 負 切削速度増加により,せん断角が大きくなり,比切削抵抗が減少する \( \beta \cdot Z \) \( K_2 = K_1 \) ゼロ 負 \( \beta \cdot f_z \) \( K_2 \leqq K_1 \) 負 負 実切り取り厚みの増加により,比切削抵抗が減少する
改善前がセンタカットであるときの半径方向切込み深さの増大による消費電力量変化が正負のどちらになるかは,消費電力の構成次第ということがわかります.
また,それ以外の条件では,\( \delta W \)が負値になることがわかります.
よって,加工能率を高くすることで,基本的には消費電力量が減少することがわかりました.
ただし,実際のところは,加工能率を高くすると工具寿命が短くなりやすいので,切削工具の消費による二酸化炭素量の増大を懸念することになります.
そこまで考えるのはめんどくさいのと,実際の数値がないとなんとも考察のしようもないのでここで止めておきます.
軸方向切込み深さや半径方向切込み深さを変えようとすると,工具経路を作り直す必要があります.
「回転数を上げる」,「刃数を増やす」,「1刃当たりの送り量を増やす」の3つであれば工具経路はそのまま使えます.
回転数を上げる方法だと,被削材にあった切削速度域から外れてしまう可能性があるのと,切削速度増加による比切削抵抗減少はそこまで大きくなかったような気がします.
刃数を増やす方法だと,切削工具を買い替える必要があります.
1刃当たりの送り量を増やす方法だと,送りオーバライドをいじるだけで簡単に試せるので,丁度いいかと思います.
参考文献:
- JIS B0955 工作機械-環境評価-
- 原雄太, 田中智久, 斎藤義夫,工作機械の消費電力評価方法の構築
- 林晃生, 佐藤隆太, 白瀬敬一,数値制御工作機械の送り駆動系における消費電力の測定と評価
- 於本裕之介, 西野慎哉,省エネルギー規格 ISO14955 に準拠した工作機械のエネルギー測定
- 木村然, 袴田匠, 林晃生, 中尾陽一,工作機械運転時の消費電力シミュレーションによる工具経路の評価
- 林晃生, 井上雄太, 佐藤隆太, 白瀬 敬一, 中尾 陽一,工作機械駆動系のシミュレーションモデルによるエネルギー削減に有効な工具経路の検討
- 井上雄太, 佐藤隆太, 林晃生, 白瀬敬一,送り駆動系の消費エネルギに基づく工作物設置位置決定方法
- 藤嶋誠, 小田陽平, 森雅彦,工作機械の省エネルギー
- 小田陽平,工作機械の省エネルギー技術に関する研究,学位論文 ←中部大学のリポジトリにあります.
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