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最終更新日:2024年11月24日

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旋削工具でのすくい角と逃げ角の定義

すくい角と逃げ角には,いくつかの種類があります.
いくつかの種類があるのですが,単に「すくい角」「逃げ角」としか言わないので,どの測り方で話しているのかわからないことがあります.
構成要素としては,座標系の取り方,角度の測り方,切れ刃の位置の3つです.
切れ刃の位置の要素は,主切れ刃や副切れ刃の意味で言っていますが,この話まで入れてまとめるとややこしいです.
そこで,ここでは,座標系の取り方と角度の測り方についてまとめます.

すくい角と逃げ角を定義する場合,ある平面で工具を仮想的に切断し,その平面内で,ある直線同士がなす角度を測る必要があることがわかります.
そのため,最初にその平面や直線を定義する必要があります.
*注:このページで引用している定義は,角度の解釈とは直接関係しない部分を省き,定義の文章の一部しか記載していない場合がありますので原文を確認してください.

直線は,切削速度や送り速度をベクトルとして解釈し,下記のようにJIS B 0170で定められています.

直線の種類定義
主運動工作機械によって与えられる工作物と工具との間の切りくず生成のための相対運動で,送り運動の成分を除いたもの.この運動により,工作物は相対的に工具のすくい面に接近し,切削が行われる.
送り運動工作機械によって与えられる工作物と工具との間の切りくず生成のための相対運動で,主運動に加えて工具を工作物に送り込んで切削を継続するために必要な運動
切込み運動取り代を設定するために,工具を工作物に切り込ませる運動.切削中継続して行われる切込み運動に類似の運動は送り運動とする.

これらの直線を参照して座標系をとるのですが,JISでは下記の3種類が示されています.
どの座標系をとるか,というのを基準方式といいます.

基準方式定義
工具系
基準方式
工具の製作,測定及び取付の便宜上,シャンク,工具の回転軸などを基にして,想定した主運動,送り運動及び切込み運動の方向に基づいて,切れ刃の一点を通る基準となる面及び軸を設定し,刃部の諸角を定義する方式
作用系
基準方式
切削中の主運動と送り運動とを合成した合成切削運動の方向を基として,切れ刃の一点を通る基準となる面及び軸を設定し,刃部の諸角を定義する方式
機械系
基準方式
詳細を規定しない

つまり,工具メーカが設計段階で設定している,カタログに載っているような数値は工具系基準方式であると解釈できます.
また,主運動と送り運動の合成が実質的に主運動と変わらない,つまり,切削速度と送り速度の差が非常に大きい場合も工具系基準方式で解釈して間違いないことがわかります.
それに対して,揺動切削や振動切削などにおいて生じうる,切削速度と送り速度の差が小さい場合は作用系基準方式で解釈したほうが実態に即しているといえます.

基準方式が定まったのち,基準面と6つの軸が以下のように定義されます.
平面と直線定義
基準面刃部の諸角を定義するために基準とする面.切れ刃上に任意に選んだ一点を通る面として設定する.
工具径基準方式では主運動方向に垂直,作用系基準方式では主運動と送り運動とを合成した合成切削運動の方向に垂直な面.
v軸切れ刃の一点を通り,主運動の向きに取った軸
f軸切れ刃の一点を通り,送り運動の向きに取った軸
p軸切れ刃の一点を通り,切込み運動の向きに取った軸
o軸切れ刃の一点を通り,v軸(主運動)に直交しかつ基準面への切れ刃の投影に垂直な軸
s軸切れ刃の一点を通り,基準面への切れ刃の投影に接する軸
n軸切れ刃の一点を通り,o軸に直交し,かつ,切れ刃に直交する軸

v軸,f軸,p軸は,主運動,送り運動,切込み運動,によってのみ定められています.
o軸,s軸,n軸は,基準面(主運動に垂直な平面)に切れ刃を投影した情報を使って定められています.

これらの軸を用いて,以下の5つの平面が定義されます.

平面定義
f-v面f軸及びv軸を含む平面.すなわち,切れ刃上の一点を通り,主運動の方向と送り運動の方向とで定まる平面
p-v面p軸及びv軸を含む平面.すなわち,切れ刃上の一点を通り,基準面に垂直でかつf-v軸に垂直な平面
s-v面s軸及びv軸を含む平面.切れ刃の一点において,切れ刃に接し,かつ基準面に垂直な平面
o-v面o軸及びv軸を含む平面.切れ刃の一点を通り,基準面に垂直で,かつ基準面への切れ刃の投影に垂直な平面
n-o面n軸及びo軸を含む平面.すなわち,切れ刃上の一点において切れ刃に直交する平面.この面は基準方式によって異なる面となることはない

n-o面は,o軸の定義に主運動が使われているのがややこしいのですが,説明のとおり「切れ刃に直交する平面」なので,切れ刃の情報しか最終的には使っていません.
そのため,基準方式の影響を受けない,ということになります.

ここまで来て,やっとすくい角と逃げ角の種類と定義が説明できるようになります.
角度の測り方が,旋削工具で説明すると,直角,垂直,サイド,バックで4種類ずつあります.
まずは,すくい角です.
すくい角定義
直角すくい角基準面に対するすくい面の傾きを表す角で,n-o面が基準面及びすくい面と交わって得られるそれぞれの交線が挟む角
垂直すくい角基準面に対するすくい面の傾きを表す角で,o-v面が基準面及びすくい面と交わって得られるそれぞれの交線が挟む角
サイドすくい角基準面に対するすくい面の傾きを表す角で,f-v面が基準面及びすくい面と交わって得られるそれぞれの交線が挟む角
バックすくい角基準面に対するすくい面の傾きを表す角で,p-v面が基準面及びすくい面と交わって得られるそれぞれの交線が挟む角

このJISでの定義がわかりやすいかというと,さっぱりわからないです.
その理由は,「n-o面」とか書かれても,それがなんだったか名称からは判断がつかないからです.
そこで,各面の定義の文章を代入して書き換えてみると以下のようになります.
たぶん,この文章のほうが直感的には理解しやすいと思います.

すくい角定義(一部を書き換えている)
直角すくい角切れ刃上の一点において切れ刃に直交する平面が,基準面及びすくい面と交わって得られるそれぞれの交線が挟む角
垂直すくい角切れ刃の一点を通り,基準面に垂直で,かつ基準面への切れ刃の投影に垂直な平面が,基準面及びすくい面と交わって得られるそれぞれの交線が挟む角
サイドすくい角切れ刃上の一点を通り,主運動の方向と送り運動の方向とで定まる平面が,基準面及びすくい面と交わって得られるそれぞれの交線が挟む角
バックすくい角切れ刃上の一点を通り,主運動の方向と切込み運動の方向とで定まる平面が,基準面及びすくい面と交わって得られるそれぞれの交線が挟む角

同様に,逃げ角についても定義と,一部を書き換えたものの2種類を以下に示します.
逃げ角は,s-v面(切れ刃の一点において,切れ刃に接し,かつ基準面に垂直な平面)を基準として定義されます.

逃げ角定義
直角逃げ角s-v面に対する逃げ面の傾きを表す角で,n-o面がs-v面及び逃げ面と交わって得られるそれぞれの交線が挟む角
垂直逃げ角s-v面に対する逃げ面の傾きを表す角で,o-v面がs-v面及び逃げ面と交わって得られるそれぞれの交線が挟む角
サイド逃げ角s-v面に対する逃げ面の傾きを表す角で,f-v面がs-v面及び逃げ面と交わって得られるそれぞれの交線が挟む角
バック逃げ角s-v面に対する逃げ面の傾きを表す角で,p-v面がs-v面及び逃げ面と交わって得られるそれぞれの交線が挟む角

これを書き換えると下表になります.

逃げ角定義(一部を書き換えている)
直角逃げ角切れ刃上の一点において切れ刃に直交する平面が,s-v面及び逃げ面と交わって得られるそれぞれの交線が挟む角
垂直逃げ角切れ刃の一点を通り,基準面に垂直で,かつ基準面への切れ刃の投影に垂直な平面が,s-v面及び逃げ面と交わって得られるそれぞれの交線が挟む角
サイド逃げ角切れ刃上の一点を通り,主運動の方向と送り運動の方向とで定まる平面が,s-v面及び逃げ面と交わって得られるそれぞれの交線が挟む角
バック逃げ角切れ刃上の一点を通り,主運動の方向と切込み運動の方向とで定まる平面が,s-v面及び逃げ面と交わって得られるそれぞれの交線が挟む角

注意が必要なのは,n-o面は基準方式の影響は受けませんが,n-o面と基準面を組み合わせて定義されている直角すくい角と直角逃げ角は,基準方式によって基準面が変わるので,その値は変わるということです.

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