旋削加工での再生びびりにおける安定限界線図の作成方法
旋削加工における再生びびりの理論というのは,再生びびりの理論の入り口としては非常にわかりやすく,また面白いです.
ただし,実際に,どうやってその安定限界線図を作図するか,というのを理解している人は少ないと思います.
「社本英二,切削加工におけるびびり振動の発生機構と抑制,電気製鋼,第82巻2号,pp.143-155,2011年」に,その理論と手順が非常にわかりやすく記述されています.
これは大同特殊鋼グループの技術広報誌「大同特殊鋼技報 電気製鋼」の中の1本であり,J-STAGEには登録されていないですが,題目で検索すればネット上で簡単に原文を見つけることができます.
この参考文献の4章1節を読んで理解できた人は,このページを読む必要はほぼないです.
このページでは,上記参考文献でも説明がやや省かれたりしている行間部分を補完して,理解できる人が少しでも増えることを目的とします.
まず,単純な1自由度モデルのコンプライアンス伝達関数を算出しておきます.
質量mのおもりが,剛性kのばねと,減衰cのダンパで支持されているモデルに外力fが加えられているものとします.
\( m \cfrac{d^2x}{dt} + c \cfrac{dx}{dt} + kx = f_{(t)} \)
この両辺をラプラス変換します.
sをラプラス演算子とします.
\( ms^2X_{(s)} + csX_{(s)} + kX_{(s)} = F_{(s)} \)
これを整理すると次式が得られます.
\( \Phi_{(s)} = \cfrac{X_{(s)}}{F_{(s)}} = \cfrac{1}{ms^2 + cs + k} \)
周波数応答を見るために\( s = j \omega \)とします.
jは虚数,\( \omega \)は角周波数です.
\( \Phi_{(j\omega)} = \cfrac{1}{ -m\omega^2 + cj\omega + k} \)
これを整理すると次式が得られます.
\( \Phi_{(j\omega)} = \cfrac{k-m\omega^2}{ (k-m\omega^2)^2 - (c\omega)^2 } + j \cfrac{-c\omega}{ (k-m\omega^2)^2 - (c\omega)^2 } \)
右辺第一項が実部,右辺第二項が虚部になるので,実部を\( G_{(j\omega)} \),虚部を\( H_{(j\omega)} \)として次式のように置いておきます.
実部:\( G_{(j\omega)} = \cfrac{k-m\omega^2}{ (k-m\omega^2)^2 - (c\omega)^2 } \)
虚部:\( H_{(j\omega)} = \cfrac{-c\omega}{ (k-m\omega^2)^2 - (c\omega)^2 } \)
これで準備ができましたので,旋削加工の再生びびりの理論の部分に入ります.
旋削工具の周波数応答を先ほどのコンプライアンス伝達関数\( \Phi_{(j \omega)} \)とします.
以降,本ページにて実際に計算するときの数値は,参考文献の図6で使用されているものと同じ,比切削抵抗Kf = 300[MPa],質量M=10[kg],剛性K=5x106[N/m],減衰C=200[N/(m/s)]とします.
切削条件として加えられた切り取り厚さは,比切削抵抗と切込み深さとの積によって切削抵抗になります.
切削抵抗が旋削工具のコンプライアンス伝達関数への入力となり,旋削工具の変位(振動)になります.
その振動は工作物の加工面に転写し,工作物1回転後において,刃先での切削点での切り取り厚さの変動として作用します.
この「工作物1回転後」というのが時間遅れのフィードバックに相当します.
このフィードバックがネガティブフィードバックとして作用する場合は,振動が抑制され,問題は生じません.
再生びびりにおいては,ポジティブフィードバックとして作用するために,振動が成長し,加工精度や工具寿命の問題を生じさせます.
この,再生びびりが生じる条件をこれから計算します.
まずブロック線図を見て,次式を立てます.
\( (h_{0} + e^(-sT)y_{(s)} - y_{(s)} ) K_{f} a\Phi = y_{(s)} \)
これを振動変位\( y_{(s)} \)についてまとめると,次式が得られます.
\( y_{(s)} = \cfrac{h_{0}}{ \cfrac{1}{ K_{f} a\Phi}- e^{-sT} +1} \)
次に,設定した切り取り厚さ\( h_{0} \)と,実際に作用する切り取り厚さ\( h_{(s)} \)の関係式を次式のように立てます.
\( h_{(s)} = h_{0} + e^{-sT}y_{(s)} - y_{(s)} \)
これに先ほどの\( y_{(s)} \)に関する式を代入して整理すると次式が得られます.
\( \cfrac{h_{(s)}}{ h_{0}} = \cfrac{1}{1 + (1-e^{-sT}) K_{f} a\Phi} \)
上式は,設定した切り取り厚さ\( h_{0} \)と,実際に作用する切り取り厚さ\( h_{(s)} \)の伝達関数になっています.
制御工学から考えると,上式右辺の分母を使って特性方程式を作り,その根(解)を求め,その根の実部が全て負であれば安定,1つでも実部あれば不安定,実部がゼロであれば安定限界となります.
よって,特性方程式は次式になります.
\( 1 + (1-e^{-sT}) K_{f} a\Phi = 0 \)
得られる根を次式のように置きます.
\( s = \sigma + j \omega \)
安定限界の条件においては,実部がゼロであり,\( \sigma = 0 \)となるため,その根は次式として設定できます.
\( s = j \omega \)
この安定限界の条件における切込み深さ,つまり,臨界切削幅を\( a_{lim} \)とおき,かつ,\( \Phi_{(j \omega)} = G_{(j \omega)} + jH_{(j \omega)} \)とすると,次式が得られます.
\( 1 + (1-e^{-j \omega T})Ka_{lim}(G_{(j \omega)} + j H_{(j \omega)}) = 0 \)
これに対してオイラーの公式で次式のように変換したものを代入します.
\( e^{-j \omega T} = \cos (-\omega T) + j \sin(-\omega T) \)
代入したうえで,数式を実部と虚部に分かれるように整理します.
\( \lbrace 1 + K_{f} a_{lim} \left[ G(1- \cos(\omega T)) + H \sin(\omega T) \right] \rbrace + j \lbrace K_{f} a_{lim} \left[ G \sin(\omega T) + H(1 - \cos(\omega T)) \right] \rbrace = 0 \)
この式が成立するには,実部と虚部が共にゼロでないといけないので,次式が成り立ちます.
実部:\( 1 + K_{f} a_{lim} \left[ G(1- \cos(\omega T)) + H \sin(\omega T) \right] = 0 \)
虚部:\( K_{f} a_{lim} \left[ G \sin(\omega T) + H(1 - \cos(\omega T)) \right] = 0 \)
虚部のほうの式より,次式が得られます.
\( \cfrac{H}{G} = \cfrac{ \sin(\omega T) }{ 1 - \cos(\omega T) } \)
上式を実部のほうの式に代入して整理すると次式が得られます.
\( a_{lim} = \cfrac{-1}{2 K_{f} G_{(\omega)} } \)
もともと切削加工を想定しており,ブロック線図を作ったときに既に\( a_{lim} \gt 0 \)でないと成り立たない話になっています.
そして,\( K_{f} > 0 \)であることも考慮すると,\( G_{(\omega)} < 0 \)でなければならないことがわかります.
仮に\( a_{lim} \lt 0 \)であれば,どんな切込み深さでも不安定になるような気がしますが,それはモデルの前提が崩れるので,そのようには捉えないようです.
では,実部が負になる条件とは何なのでしょうか.
ここで,冒頭で作成したコンプライアンス伝達関数における実部と虚部のグラフで下図に示します.
実部が負になる条件は「コンプライアンス伝達関数の固有振動数よりも角周波数が高い」場合であることがわかります.

図 コンプライアンス伝達関数の実部と虚部
*固有振動数は112.5Hzです.
少し話が逸れますが,参考までに,同じコンプライアンス伝達関数のゲインと位相も示しておきます.

図 コンプライアンス伝達関数のゲインと位相
話を戻しまして,さきほどの虚部の式で得られた式を次式のように変形します.
\( \cfrac{H}{G} = \cfrac{ \sin(\omega T) }{ 1 - \cos(\omega T)} = \cfrac{2 \sin(\cfrac{\omega T}{2}) \cos(\cfrac{\omega T}{2}) }{ -2\sin^{2}(\cfrac{\omega T}{2}) } = \cfrac{\cos(\cfrac{\omega T}{2})}{-\sin(\cfrac{\omega T}{2})} = tan \left \lbrace \cfrac{\omega T}{2} - (\cfrac{3 \pi}{2} + k \pi) \right \rbrace \)
上式をTについて変形すると次式が得られます.
\( T = \cfrac{1}{\omega} \left \lbrace 2k \pi + (3 \pi + 2 \tan^{-1} \left (\cfrac{H_{(\omega)}}{G_{(\omega)}} \right )) \right \rbrace \)
Tは時間遅れ項に使われていて,1回転分の遅れ時間なので,工作物の1回転にかかる時間と同じです.
よって,\( n = \cfrac{60}{T} \)によって,主軸回転数(rpm)に変換できます.
kは工作物の加工面1周上に残された波の数の整数部分にあたります.
よって,このkは再生びびりが発生した場合,加工面上の波の数を数えることによって特定することができます.
次式のように\( \varepsilon \)とおくと,これは1回転前の振動と,現在の振動との位相差を示します.
\( \varepsilon = 3 \pi + 2 \tan^{-1} \left (\cfrac{H_{(\omega)}}{G_{(\omega)}} \right ) \)
ここで,ある周波数\( \omega \)において再生びびりが生じた場合の,臨界切削幅\( a_{lim} \),主軸回転数\( n \),位相差\( \varepsilon \)を計算する式が得られました.
実際にどういう手順で計算して安定限界線図を描くか,については以下のように記述があります.
----------引用開始----------
- 伝達関数の実部が負となる領域においてびびり振動周波数\( \omega_{c} \)を仮定する.ただし,\( \omega_{c} \geq \omega_{n} \)とする.\( \omega_{n} \)はコンプライアンス伝達関数の固有振動数とする.
- 式(7)より,安定限界\( a_{lim} \)を算出する.
- 式(9)より,それぞれの波数k=0,1,2,…に対して回転数nを算出する.
- 共振周波数近傍で\( \omega \)を変えて上記を繰り返す.
この手順に沿って計算すれば,下図のような安定限界線図が作れます.
参考文献と同じグラフが得られていることが確認できます.
しかしながら,ここで問題があります.
何が問題かというと「周波数\( \omega \)を決めて,kを変えて計算するという手順を繰り返す」という部分です.
この方法だと,k=nの計算をするときに,k=n-1かつ\( \omega_{c} = \omega_{n} \)の条件での主軸回転数を超える\( \omega_{c} \)が見つかったら計算を止めるという手順が必要です.
具体的には下図の中段のグラフにおいて橙色上向き三角で示している位置を示す周波数で計算を止める必要があります.
また,この方法で計算を進めていくと,実際にグラフを作成するときに,計算結果として得られているデータが横軸の数値の順に並んでおらず,曲線が描きにくいです..
つまり,上記方法でグラフを作成する場合は,\( \omega_{c} \)の計算範囲を判定する仕組みや,計算結果が得られた後にデータの並び替えをする必要があります.

図 安定限界線図(上段:臨界切削幅\( a_{lim} \),中段:主軸回転数\( n \),下段:位相差\( \varepsilon \))
*図中の赤点線の縦線はコンプライアンス伝達関数の固有振動数と一致する主軸回転数か,その主軸回転数をkで割った値です.
*図中の赤点線の横線はコンプライアンス伝達関数の固有振動数の値です.
そこで,このページでは安定限界線図をわかりやすく描画しようとするための工夫をします.
まず「kを変えて,周波数\( \omega \)を変えて計算するという手順を繰り返す」という手順にします.
このとき,kは0からではなく,大きいほうから0に向かって計算を進めます.
つまり,横軸の主軸回転数の小さいほうから順に計算していくということです.
このとき,安定限界線図における「k=n-1かつ\( \omega_{c} = \omega_{n} \)の条件での主軸回転数を超える,k=nでの\( \omega_{c} \)」を事前に計算します.
これを計算するための式を以下に示します.
\( \cfrac{1}{\omega_{c}} \left[ 2k\pi + (3 \pi +2 tan^{-1} \left(\cfrac{H_{(\omega_{c})}}{G_{(\omega_{c})}} \right) \right] = \cfrac{1}{\omega_{n}} \left[ 2 (k-1) \pi + (3 \pi +2 tan^{-1} \left(\cfrac{H_{(\omega_{n})}}{G_{(\omega_{n})}} \right) \right] \)
上式がそのまま解けるか,というとこれは無理だと思います.
式中に\( tan^{-1}() \)の項が入っているからです.
そこで厳密さを多少犠牲にしてでも解く方法を考えます.
先ほど示した安定限界線図のグラフの下段が位相差を示しています.
求めたい橙色上向き三角の位置では,k=nの位相差は180度,k=n-1の位相差は360度に近づいています.
この特性は,kの値に限らず生じているので,この関係を無理やり代入し,次式を得ます.
\( \cfrac{1}{\omega_{c}} \left[ 2k\pi + \pi \right] = \cfrac{1}{\omega_{n}} \left[ 2 (k-1) \pi + 2\pi \right] \)
これを整理すると,次式が得られます.
\( \omega_{c} = \cfrac{2k+1}{2k} \omega_{n} \)
ただし,kは自然数.(\( k \geq 1 \))
この方法で計算した周波数を,さきほどのグラフで示した橙色上向き三角の位置での周波数の計算に実際に使っています.
位相差の値を無理やり代入しているので,厳密性に欠くと考えますが,安定限界線図を描画して主軸回転数の検討に使う,という目的であれば実用に耐えうると考えます.

図 安定限界線図(臨界切削幅\( a_{lim} \),主軸回転数\( n \),位相差\( \varepsilon \))
*図中の赤点線の縦線はコンプライアンス伝達関数の固有振動数と一致する主軸回転数か,その主軸回転数をkで割った値です.
*図中の赤点線の横線はコンプライアンス伝達関数の固有振動数の値です.
ここに記載した方法でグラフを描画する機能は「旋削加工での再生びびりにおける安定限界線図のグラフ作成(計算機能あり)」のページにあります.
参考文献:社本英二,切削加工におけるびびり振動の発生機構と抑制,電気製鋼,第82巻2号,pp.143-155,2011年.