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最終更新日:2022年09月03日

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鉄のリンゴと理想的加工法

切削加工の説明のときに鉄のリンゴの話がたまに出てくると思うのですが,なんか説明してるようで説明してないような気がしています.
あれをもっと詳しく説明すると見えてくるものがあるのではないかと思うので,それを書いてみます.

そもそも鉄のリンゴの話とは何かを説明します.
通常,リンゴの皮むきを包丁で行った後,皮を元の位置に貼り付けると,元の位置に皮を戻せます.
その一方,鉄のリンゴがあったとして,包丁では皮は剥けません.
そこで,切削工具を使って,鉄のリンゴの皮を剥いたとすると,その剥いた皮は長さや形状が変わっていて元の位置には戻せない.
通常のリンゴの皮むきは「切る」であり,鉄のリンゴの皮むきは「切削」であって違うものである.
といったような主旨の説明です.

まず,屁理屈のような話から入りますと「通常のリンゴだって組織が崩れてるんだから元には戻らんだろう」といつも思っていました.
漫画に出てくる剣術の達人が,組織を崩さずに物体を切断する技を行うことがありますが,ああでもない限りは厳密には元に戻らないはずです.
なので,このたとえ話は,そもそも見た目の話をしているだけです.
その「見た目」とは何かというと,皮=切りくずの厚みと長さの変化と,その塑性変形を指しているものと考えます.

切りくずの厚みと長さの話に移ります.
そもそも,切りくずの厚みと長さはせん断面の傾きによって決まります.
切削工具に生じるよってせん断面を工作物が通過するときに塑性変形を生じます.

\( t = h \sin( \phi ) \)

\( t \):切りくず厚み
\( h \):切り取り厚み
\( \phi \):せん断角

皮=切りくずの厚みと長さは,体積一定条件のもとで定まります.
そのため,上式で切りくず厚みが変わらなければ,切りくず長さも変わらないということになります.
その条件は,上式より\( \phi = 90^{\circ} \)
となります.

このせん断角に関する理論式には次のようなものがあります.
\( \phi_{M} = 45^{\circ} - \cfrac{ \beta - \alpha }{2} \):Merchantの式
\( \phi_{L} = 45^{\circ} - ( \beta - \alpha ) \):Lee-Shafferの式

\( \beta \):摩擦角
\( \alpha \):すくい角

せん断角を正確に予測する理論式は私の知る限りは存在しないはずなので,上式も常に成立するというわけではないです.
ただし,重要なことは,材料力学で丸棒を圧縮したときのせん断応力が最大になる角度方向が45度であるのと同じく,45度が基本の角度になっていることだと個人的に考えています.
これらの式を使って\( \phi = 90^{\circ} \)を満たす条件を考えます.
ただし,問題を簡単化するため,摩擦角はいったん無視します.(せん断角がうまく推定できない理由は摩擦角が推定できないことが理由ではないかと思います.)
Merchantの式であれば\( \alpha = 90^{\circ} \),Lee-Shafferの式であれば\( \alpha = 45^{\circ} \)であればいいことがわかります.

すくい角90度や45度といった切削工具を見たことはないと思います.
ここで冒頭の包丁と切削工具のくだりを思い出しつつ,実際の作業風景を考えると,包丁で皮むきをするときは,リンゴの表面に沿うように包丁を置いていると思います.
つまり,このとき,切削加工でいうところのすくい角は45度以上90度未満になっていると思います.
これにより,通常のリンゴの皮むきでは切りくずの厚みと長さが変わらないのではないでしょうか.

ただし,それ以前の問題としてリンゴの組織を破壊する際に,皮に塑性変形が生じるほどの荷重がそもそも必要ではないから,というほうが有力な説ではないかとも思います.

結局のところ,通常のリンゴと鉄のリンゴでは,切りくずの分離を行っている点は同じで,切りくずに塑性変形を強いているかどうかが相違点です.
ここで,話が変わりまして,理想的な切削とは何なのかについて説明します.

機械加工とは,工作物を所望の形状に変更することが目的であり,それ以外の要素は必要ではありません.
機械加工の一種たる除去加工に含まれる切削加工も同様です.
切削加工において必要なのは,工作物を,所望の形状と切りくずの2つに分離することです.
そのため,所望の形状を得ること以外にエネルギを消費することは無駄であると言えます.
よって,通常のリンゴと鉄のリンゴの話で出た,切りくずの厚みと長さを変えるという塑性変形に必要なエネルギは無駄だということです.
他に,切削加工における無駄な要素とは,せん断面での塑性変形以外に,すくい面と工作物の摩擦,逃げ面と工作物の摩擦,切りくずの運動エネルギなどがあります.
これらの無駄が一切ない切削加工は切削加工論には「理想的加工法」として記載されています.
その観点から言えば,通常のリンゴの皮むきのほうが「理想的加工法」に近いと言えるのではないでしょうか.

では,なぜそもそも包丁のような形式で,金属の切削加工は行われていないのでしょうか.
超硬合金で包丁を作って金属を切削しても,強度が足りないからだと思うのですが,うまく説明する方法がわからないので,わかったら続きを書くことにします.



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