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最終更新日:2024年01月01日

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工具寿命の判定基準

工具寿命に判定基準(判断基準)があるかどうか,で言えば,世間に共通な判定基準は存在しないです.
生産現場でいえば,加工工程ごとに判定基準は異なります.
学術的には,逃げ面摩耗幅0.2mmや0.3mmが工具寿命として設定されている場合が多いです.
「JIS B 4011超硬バイト切削試験方法」(1999年に廃止)では,下表のように定義されていたようです.

表 工具寿命判定基準

摩耗区分 寿命判定基準 適用
逃げ面摩耗
(フランク摩耗)
0.2 mm 精密軽切削,非鉄合金の仕上げ削り
0.4 mm 特殊鋼などの切削
0.7 mm 鋳鉄や鋼などの一般切削
1.00 mm - 1.25 mm 普通鋳鉄などの荒削り
すくい面摩耗
(クレータ摩耗)
0.05 mm - 0.10 mm 切削全般.(再研削の経済性,切れ刃破壊に対する安全度などを考慮して数値は決定)

なぜ摩耗が工具の寿命判定に使われるかというと,刃先形状が変わることにより,加工誤差や切削抵抗が直接的に変化するためです.
では,他にどういった工具寿命判定基準が考えられ,それらはどういった分類が可能なのでしょうか.

まず,工具寿命の判定基準という言葉には2つの意味が含まれていると考えられます.
それは,下記の2つです.
  1. 切削工具が寿命であると判断される基準
    工作物の状態:加工誤差,表面粗さ,工作物外観

  2. 切削工具の寿命を管理する基準
    工作物の状態の直接管理:加工誤差,表面粗さ,工作物外観
    切削工具の状態の直接管理:摩耗幅,破損,欠損,チッピング
    間接管理:加工時間,切削距離,加工数量,センサによる測定値(主軸動力など)
例えば,摩耗幅が大きくなることには特に意味はなく,摩耗幅が大きくなることで何らかの不具合が生じることが問題であり,その不具合の程度が許容できなくなることで寿命だと判断される,ということです.

切削工具が寿命であると判断される基準は,工作物の状態によって決定されます.
それは,そもそも切削加工とは,所望の工作物形状を取得することが目的だからです.
よって,この工作物の状態を直接管理することで寿命管理を行うことが,まず考えられます.
この方法では,工作物の状態の把握するのに,測定機による測定結果を用いる方法と,人間による官能評価を用いる方法があります.

測定機による測定結果を用いる場合,測定の工程が必要になります.
また,インライン測定で全数検査でもしていない限りは,測定をしている間に不良品が生産されてしまう欠点があります.
ただし,生産工程の結果として必要なのは製品であるため,この方法は最も信頼性が高いと考えます.

人間による官能評価を用いる場合,判定自体は一瞬で終わります.
加工面を目視した結果や,加工面を触診した結果,加工音を聞いた結果で良否判定を行うためです.
ただし,作業者の熟練度が判定結果に大きく影響するので,これからの時代には合わないような気がします.

こういった状態基準で工具寿命を判定する場合,工具寿命が本質的に持つばらつきを吸収することができるため工具寿命を使いきることができます.
ただし,その反面,管理上の工具寿命自体がばらつくため,工具交換をスケジュールに組み込みにくいという問題があります.

次に,切削工具の状態を直接管理する方法があります.
切削工具の状態というのは,破損,欠損,チッピング,摩耗幅です.
これにも,測定機による測定結果を用いる方法と,人間による官能評価を用いる方法があります.
最近は,様々なカメラがでてきていますが,摩耗幅を機内測定するような装置はまだまだ少なく,手間がかかります.
そのため,目視による刃先確認が主流であると思います.
とはいっても,大量生産時に刃先を毎回確認するわけにもいかないので,この管理方法はあまり現実的ではありません.

最後に,間接管理の方法があります.
これは,工作物や工具の状態が不都合な状態にあるということを,別な基準を用いて間接的に判断するという方法です.
例えば,製品を大体200個製造したら加工誤差が公差よりも大きくなる,ということが毎回生じるのであれば,加工数量200個を工具寿命とする,ということです.
そのため,この方法を使うには事前検証が必要です.
このような使用履歴による工具寿命判定基準としては,工具を使用した時間や,切削距離,加工した部品の数や種類,が使用されます.
この場合,工具や工作物の状態は実際には確認されません.
加工時間や切削距離,加工数量が一定値に達すれば工具寿命と判定されます.
一種の定数交換になるので,切削工具の交換スケジュールが管理しやすいという利点があります.

他に,センサを用いて切削抵抗などを測定した結果を用いる方法があります.
センサを用いる場合は測定工程を追加することなく,判定基準として追加できる利点があります.
例えば,工作機械の主軸動力の値を用いて切削抵抗を観察し,新品の状態から何%か上昇した段階を工具寿命とする場合があります.
また,加工の経過に伴って振動が発生し始める場合があるので,それを加速度センサで測定して判定基準とする場合もあります.

これらの工具寿命判定基準の中から,担当している切削加工工程で採用すべき判定基準を決定することになります.
この判定基準の決定というのは結局は一番難しいです.
例えば,荒加工であれば,多少の工具摩耗があっても,材料除去さえできればいいです.
仕上げ加工になれば,逃げ面摩耗の進行による刃先の後退による加工誤差が問題になる場合があります.
また,同じ荒加工でも,刃先の摩耗によって加工硬化層が深くなり,仕上げ加工に影響を及ぼす場合は,切削工具の状態を工具寿命として管理してやる必要があります.

学術分野で工具寿命が逃げ面摩耗幅で設定されている理由は,逃げ面摩耗が単純に進行していく場合が工具寿命として安定しているためと推測します.
これは,逃げ面摩耗が切削距離に依存し,切削加工の経過に伴ってどうやっても進行する性質を持っており,他の要因を取り除いても絶対に残るためだと考えます.

そんな感じなので,工具が完全に破損するという状況を除けば,何を以て工具寿命と判定するかは加工工程次第としか言いようがありません.

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