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最終更新日:2021年08月21日

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工具摩耗と損傷への切削条件による対策

工具の摩耗と損傷については,切削工具の形状や材質を変更することが効果的であることも多いです.
しかしながら,ここでは既に手元にある切削工具で切削条件を変更して工具寿命を延ばす方法について検討します.

摩耗と損傷の原因は,ざっくり分類すると,切削距離,切削温度,切削抵抗,偶発的要因の4つになります.
偶発的要因というのは,工作物や工具の材質ばらつきなどによって確率的に生じるものとします.
各種,摩耗や損傷と,上記分類の関係を対応させると下表のようになります.

分類すると言いながら,境界摩耗と熱き裂が別分類なのは,発生原因がちょっと特殊であるためです.
これら7種の摩耗や欠損が発生する可能性は常に存在し,どれが最も早く発達して顕著に現れるか,によって工具寿命が定まります.
そのため,互いに相反関係にあるようなものが存在します.
例えば,逃げ面摩耗を抑えようとすると,すくい面摩耗が発達しやすくなったりします.
ここでは,そういった関係性について考えたいと思います.

まず,切削距離が要因となる逃げ面摩耗について考えます.
ここでいう切削距離は,工具の移動距離ではなく,工作物と刃先の擦過距離を指し,実切削距離と呼ばれます.
逃げ面摩耗が定常的に成長する場合,工作物と刃先が接触して擦れ合っている距離が最も効くことは直観的にも理解できると思います.
1刃当たりの実切削距離は,次式により計算できます.

\( L_{rz} = \cfrac{L}{Z \times f_{z} } \times \cfrac{ D_{t} \times (\theta_{enter} - \theta_{exit} )}{2 \pi } \)

\( L_{rz} \): 1刃当たりの実切削距離
\( L \): 工具の移動距離(=通常の意味での切削距離)
\( f_{z} \): 1刃当たりの送り量
\( Z \): 刃数
\( D_{t} \): 工具径
\( \theta_{enter} \): 食い付き角
\( \theta_{exit} \): 離脱角

工具径100mm,半径方向切込み量30mm,1刃当たりの送り量0.1mm/t,工具の移動距離1000mmと仮定します.
これを肩削りで実施したとすると,実切削距離は575.6mになり,工具の移動距離1mと比べて長いです.
興味深いのは,これをセンタカットに変更すると,実切削距離は304.4mと短くなることです.
これは,同じ1刃当たりの送り量でも,工具のどの部分を使うかで,実1刃当たりの送り量が変化するのと同じ理由です.
上記の実切削距離は,1刃当たりの送り量を上げれば短くすることができます.

次に切削温度が要因となるすくい面摩耗や塑性変形について考えます.
すくい面摩耗は熱拡散によるもので,塑性変形は高温による材料強度低下によるものなので,切削熱による影響が大きいです.
切削熱は,基本的には熱伝導などによって拡散します.
そのため,刃先温度は,単位時間当たりの仕事量,つまり,刃先による仕事率に比例すると推定できるため,1刃当たりの加工能率に比例すると仮定します.
また,切れ刃長さが長くなると,切削熱がそれだけ拡散することになるので,1刃での単位切れ刃長さあたりの加工能率を計算します. 1刃での単位切れ刃長さあたりの加工能率は次式によって計算できます.

\( MRR_{zunit} = \cfrac{f_{z} \times ae \times V_{c}}{ \pi D_{t} } \)

\( MRR_{zunit} \): 1刃での単位切れ刃長さあたりの加工能率
\( f_{z} \): 1刃当たりの送り量
\( ae \): 半径方向切込み深さ
\( V_{c} \): 切削速度
\( D_{t} \): 工具径

次に,切削抵抗が原因となる欠損や塑性変形について考えます.
切削抵抗の計算式としては大体の本に単純なものが載っています.

\( F_{c} = K_{c} \times ap \times f_{zr} \)
\( f_{zr} = max( f_{z} \times sin(\theta) ) \)   at   \( \theta_{exit} \le \theta \le \theta_{enter} \)

\( F_{c} \): 切削抵抗(主分力)
\( K_{c} \): 比切削抵抗
\( ap \): 軸方向切込み深さ
\( f_{zr} \): 実切り取り厚さ
\( f_{z} \): 1刃当たりの送り量
\( \theta_{enter} \): 食い付き角
\( \theta_{exit} \): 離脱角

欠損について真剣に考えるのであれば,刃先強度や切削抵抗の加わり方についても考慮する必要があります.
特に,フレーキングは,刃先丸みに比べて実切り取り厚さが小さいと,刃先に圧縮応力が加わって生じやすくなる場合があります.
しかしながら,単純に考えるために,切削抵抗についてはここで止めておきます.

ここまでに数式が3つ出てきました.
これらの数式を個々に見て,切削条件を変更して工具寿命の延長を図ることも重要ですが,共通事項に着目して考えます.
全ての数式には\( f_{z} \)が含まれていますが,現れ方が異なっています.
1刃当たりの実切削距離の計算式では分母に含まれていますが,残りの2つの数式では分子に含まれています.
よって,逃げ面摩耗を考慮して実切削距離を短くするように1刃当たりの送り量を増大させると,すくい面摩耗や欠損の発生を促進することになります.
つまり,1刃当たりの送り量の増大によって,どこかの点で工具寿命を決定する要因が切り替わる可能性があります.
その切り替わるポイントこそが,最長の工具寿命を得られる加工条件である可能性があります.

最後に,偶発的要因について述べます.
偶発的要因によって発生する故障はワイブル分布に従います.
詳しいことは「奥島啓弐,星鉄太郎,湊喜代士:正面フライス作業のツーリング-超硬カッタの問題点-」に記載されています.
ここで重要なのは,その故障が確率によって発生するということです.

例えば,刃先に欠損が発生していることで工具寿命に至ったとします.
この欠損の要因を,逃げ面摩耗が十分進行した結果出ると考えたとします.
1刃当たりの実切削距離は刃数を増やすと減らすことができるので,逃げ面摩耗を抑えるために刃数を増やすのは正しいです.
しかしながら,この欠損が偶発的要因によって発生していたとすると,この対策は悪手です.

例えば,実切削距離1mの加工終了時点で10%の確率で欠損する刃先があったとして,問題を簡単化して考えます.
この刃先10枚を1つのフライスカッタに付けて10m加工して,1刃当たりの実切削距離を1mとしたとき,全ての刃が無事である確率は35%しかありません.
よって,65%の確率でいずれかの刃先は欠損しています.
切削加工においては1つの刃先が欠損すると,切削負荷が隣接刃に加わるために,欠損は連鎖的に発生するので,65%の確率で全ての刃が工具寿命に至るとも捉えられます.
10m加工した段階での欠損発生確率が65%なので,より短い切削距離でも欠損が発生することは容易に想像できます.
つまり,刃数を増やした割には,切削距離が伸びないという事態が発生します.

結論として言いたいのは,現状の問題への対策が新たな問題の発生につながる可能性があるので,それを考慮しつつ,最善の選択を行うように務めるのが重要ということです.



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