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最終更新日:2022年12月10日

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不釣り合いの物理的な理解

長尺のツールホルダや切削工具を使うときに不釣り合いに気を付ける必要があると聞いたことがあります.
振れのイメージで考えていたのですが,そうではない部分もあるようで,最初はよくわかりませんでした.
調べた結果を自分なりに解釈したものを以下に示します.

不釣り合いは,文字通り,釣り合いが取れていないので,アンバランスな状態であることを示します.
何に対して,不釣り合いなのかというと,回転運動をするときに生じる遠心力で不釣り合いな状態が生じるということです.
その不釣り合いには,静的なものと動的なものがあります.


ということで,静不釣り合いと偶不釣り合いを理解する必要があります.

静不釣り合いは,回転軸と重心が一致していないことによって生じます.
なにが「静」なのかというと「静的な状態でも,その存在が確認できる」ということを示しています.
調べ方は,回転軸を地面に水平な状態にして,回転をフリーな状態にすることです.
このようにすると,回転軸と重心が一致していない場合,重心が常に下方にきます.
これにより,回転軸と重心が一致しているかどうかがわかり,一致していれば静不釣り合いはゼロになります.

回転軸をZ軸とし,半径方向にX軸とY軸を取ります.
次式がゼロを示すとき,回転軸と重心が一致していることになります.

\( I_{x} = \int \rho x dV \)
\( I_{y} = \int \rho y dV \)

\( \rho \): 密度

上式が何を示しているかを考えるために,ある回転軸周りに回転する質点に作用する遠心力の式を考えます.

\( F_{r} = M \cdot R \cdot \omega^2 \)

\( F_{r} \): 遠心力
\( M \): 質点の質量
\( R \): 質点の回転半径
\( \omega \): 質点の角速度

上式を,回転体に作用する遠心力と関連付けて考えます.
質量と半径は,回転体の形状で決まります.
\( I_{x} \)は,ここの部分を計算しているのに相当します.
角速度は,回転体の形状とは関係ないです.
\( I_{x} \)に角速度を組み合わせると,遠心力による並進荷重が算出できます.

\( F_{x} = \omega^2 \cdot I_{x} = \omega^2 \cdot \int \rho x dV \)
\( F_{y} = \omega^2 \cdot I_{y} = \omega^2 \cdot \int \rho y dV \)

回転軸と重心が一致していると,遠心力による並進荷重が回転体内で互いに相殺されてゼロになります.
ちなみに,重心位置を調べるときには重力を使っていて,実際に気にしているのは回転軸から半径方向に生じる遠心力であり,両者は作用する方向が全く違います.
これは,重力による回転が,回転軸周りのモーメントで決まるので,質量と半径が必要であるという点で,静不釣り合いと一致するためだと考えます.

ここまでに記述してきた静不釣り合いは,どちらかというと簡単に理解できる概念です.
よくわからなかったのは,偶不釣り合いのほうです.
これは,回転体を回転させないと,その存在が確認できません.

偶不釣り合い自体は,遠心力によるモーメント荷重の不釣り合いを示します.
静不釣り合いと同じように,Z軸を回転軸として考えます.
回転体上の任意の位置での単位体積によって生じるモーメントを計算すると次式で示されます.

\( dM_{y} = dF_{x} \cdot z = \rho dV \cdot x \cdot \omega^2 \cdot z \)

これをツールホルダの把持位置などを原点とした,片持ち梁形状を対象として,積分するとモーメント荷重が得られます.

\( M_{y} = \int \rho \cdot x \cdot \omega^2 \cdot z dV = \omega^2 \int \rho \cdot x \cdot z dV \)

上式において,回転体形状の影響を受ける部分のみを抜き出して定義すると,次式のように表現できます.

\( I_{xz} = \int \rho \cdot x \cdot z dV \)

この項目は,慣性モーメントテンソル(慣性テンソル)の非対角項に出てくる式と形が一致します.
正確には正負が違いますが,それは座標系と右手系の回転の都合でそうなるので,物理的な理解にはたいして影響しません.
モーメント荷重は回転させようとする荷重なので,回転軸をずらそうとするような作用をすると,回転力学では理解されます.
しかしながら,ツールホルダや切削工具は固定されているので,モーメント荷重として作用すると考えて差し支えないはずです.

Z軸を回転軸とする場合,もう1軸分計算する必要があります.
それは次式で計算できます.

\( I_{yz} = \int \rho \cdot y \cdot z dV \)

これら2式がゼロになるとき,Z軸周りの回転によって生じるモーメント荷重は回転体内で互いに相殺されてゼロになります.

ここで一つ疑問に感じるのは,なぜ偶不釣り合いは静的に確認できないのかという点です.
荷重測定機を2つ使用し,回転体の回転軸を横倒しにして重力を作用させれば,偶不釣り合いによるモーメント荷重も測定できるはずです.
そう思ったのですが,回転軸周りに手で動かしてみても,モーメント荷重は一定のままになります.
こうなると,測定されているモーメント荷重から,回転体の自重そのものによるモーメント荷重と,偶不釣り合いによるモーメント荷重が分離できないです.
回転体を垂直に立ててやると,自重によるモーメント荷重は発生しません.
この状態で,回転させて偶不釣り合いのモーメント荷重を発生させると,偶不釣り合いによるモーメント荷重だけを特定できます.
あとは,偶不釣り合いによるモーメント荷重から,偶不釣り合いを逆算すればよいことになります.
そのため「回転させないと確認できない」という結論になるのだと考えます.


参考文献:
EMANの物理学:慣性モーメントテンソル



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