同一形状で材質が違う場合の影響の評価方法
同一形状で材質が違うという場合があったとします.
こういうときは,引張強さやヤング率,比重などの一般的な物性値そのものでの比較が主流です.
その中でも,航空機分野では比強度という評価値があります.
比強度は「引張強さ/密度」で算出され,アルミニウム合金やチタン合金などで,この値が高いです.
それを根拠として,アルミニウム合金やチタン合金が航空機分野で活用されています.
これと似たような考え方を用いて,切削加工において,同一形状で材質が違う場合の影響を考えてみたいと思います.
一つ目は,比剛性です.
これは既存の概念として存在しており,「ヤング率/密度」として計算されます.
軽くて変形しにくいものや,自重で変形しにくいものを評価できる値だと考えられます.
二つ目は,比固有振動数です.
これは既存の概念があるのかどうかよくわかりません.
片持ち梁の固有振動数は次式で計算できます.
\(\displaystyle f_{n} = \cfrac{\omega_{n}}{2 \pi} = \cfrac{1}{2 \pi}\cfrac{\lambda^2}{L^2}\sqrt{\cfrac{E I}{\rho A}} = \cfrac{\lambda^2}{8 \pi}\cfrac{D}{L^2}\sqrt{\cfrac{E}{\rho}}\)
この式から物性値のみを取り出して考えると,次式の関係があることがわかります.
\(\displaystyle f_{n} \propto \sqrt{\cfrac{E}{\rho}}\)
よって,構造が同じであれば,固有振動数は\(\displaystyle \sqrt{\cfrac{E}{\rho}}\)によって変化します.
これを比固有振動数として計算してみることにします.
三つ目は,比切削変位です.
比切削変位は「比切削抵抗/ヤング率」として定義します.
これも既存の概念があるのかどうかよくわかりません.
比切削変位は,切削加工対象となる工作物が同一形状で材質が違う場合,切削加工中に生じる変位に対する影響を示します.
簡単に説明します.
まず,切削抵抗が,比切削抵抗と切削断面積で定まるとして式を立てます.
\(\displaystyle F_c = K_c A\)
次に,構造体の剛性の最も簡単な例として,先端集中荷重の片持ち梁の式を用いて,荷重と剛性,変位の関係式を作ります.
\(\displaystyle F_c = K X = \frac{3EI}{L^3}X\)
これらを組み合わせて変位を導出するための式変形を行います.
\(\displaystyle K_c A = \frac{3EI}{L^3}X \)
\(\displaystyle X = K_c A \frac{L^3}{3EI} \propto \frac{K_C}{E} \)
結果として,変位に影響する物性値のみの影響を抜き出すと「比切削抵抗/ヤング率」が効くことがわかります.
それでは,実際にいくつかの材質で,上記3つの評価値を計算してみることにします.
材質 | 密度\(\ \rho \) (g/cm3) |
ヤング率\(\ E \) (GPa) |
比切削抵抗\(\ K_c \) (MPa) |
比剛性\(\ \cfrac{E}{\rho} \) | 比固有振動数\(\sqrt{\cfrac{E}{\rho}}\) | 比切削変位\(\ \cfrac{K_c}{E} \) |
---|---|---|---|---|---|---|
真鍮 | 8.39 | 103 | 1100 | 12.3 | 3.50 | 10.7 |
鋼 | 7.85 | 210 | 2000 | 26.8 | 5.17 | 9.5 |
マグネシウム合金 | 1.80 | 45 | 350 | 25.0 | 5.00 | 7.8 |
アルミニウム合金 | 2.80 | 71 | 800 | 25.4 | 5.04 | 11.3 |
チタン合金 | 4.43 | 110 | 1400 | 24.8 | 4.98 | 12.7 |
耐熱合金 | 8.19 | 205 | 2500 | 25.0 | 5.00 | 12.2 |
超硬合金 | 14.50 | 550 | 7000 | 37.9 | 6.16 | 12.7 |
これらの数値は,単独で用いるというよりは,材質同士を比較するために使うことになります.
そこで,鋼を基準とした場合の比率に表の数値を置き換えてみます.
材質 | 密度\(\ \rho \) (g/cm3) |
ヤング率\(\ E \) (GPa) |
比切削抵抗\(\ K_c \) (MPa) |
比剛性\(\ \cfrac{E}{\rho} \) | 比固有振動数\(\sqrt{\cfrac{E}{\rho}}\) | 比切削変位\(\ \cfrac{K_c}{E} \) |
---|---|---|---|---|---|---|
真鍮 | 8.39 | 103 | 1100 | 0.46 | 0.68 | 1.12 |
鋼 | 7.85 | 210 | 2000 | 1.00 | 1.00 | 1.00 |
マグネシウム合金 | 1.80 | 45 | 350 | 0.93 | 0.97 | 0.82 |
アルミニウム合金 | 2.80 | 71 | 800 | 0.95 | 0.97 | 1.18 |
チタン合金 | 4.43 | 110 | 1400 | 0.93 | 0.96 | 1.34 |
耐熱合金 | 8.19 | 205 | 2500 | 0.94 | 0.97 | 1.28 |
超硬合金 | 14.50 | 550 | 7000 | 1.42 | 1.19 | 1.34 |
チタン合金やアルミニウム合金では,比切削抵抗が鋼に比べると小さいので,切削抵抗は小さいです.
しかしながら,ヤング率を考慮すると,比切削変位としては大きいので,加工中の変位は生じやすい,という結果が得られます.
当然ながら,鋼とチタン合金,アルミニウム合金では,切削条件自体が違うので意味がないのでは,という気もします.
何かの折にはこういう考え方が使えることもあるのではないでしょうか.