回転体の固有振動数と自動調心性
切削加工においては切削工具または工作物のどちらかが回転体になります.
この回転体における力学というのは少々難しいです.
例えば,下記事項が存在します.
- 回転体には危険速度が存在すること.
- 静止状態と回転状態では固有振動数が変化すること.
- 回転時にはジャイロ効果により振動変位が小さくなること.
- 回転時にはジャイロ効果により見かけの剛性が高くなること.
危険速度というのは,不釣り合いによる遠心力の振動が固有振動数と一致して共振が発生し,回転体の破壊を引き起こしうる回転速度を意味します.
切削加工における工具や工作物は概略形状が片持ち梁になります.
そのため,片持ち梁の固有振動数を\( \omega_{n} \)とすると,次式が成立します.
\( S_{c} = \cfrac{60}{2 \pi} \omega_{n} \)
\( S_{c} \): 危険速度(rpm)
\( \omega_{n} \): 片持ち梁の固有円振動数(rad/s)
これで正しいように見えますが,上式はジャイロ効果を無視した場合にのみ成立します.
参考文献より,ジャイロ効果を考慮したロータの固有振動数を計算すると次式が得られます.
\( \omega_{f} = \lbrace \cfrac{\gamma}{2}\cfrac{\Omega}{\omega_{n}} + \sqrt{1+ (\cfrac{\gamma}{2}\cfrac{\Omega}{\omega_{n}})^{2}} \rbrace \omega_{n} \)
\( \omega_{b} = \lbrace \cfrac{\gamma}{2}\cfrac{\Omega}{\omega_{n}} - \sqrt{1+ (\cfrac{\gamma}{2}\cfrac{\Omega}{\omega_{n}})^{2}} \rbrace \omega_{n} \)
\( \omega_{f} \): 回転状態での前向き固有円振動(rad/s) \( \omega_{f} \gt 0 \)
\( \omega_{b} \): 回転状態での後ろ向き固有円振動(rad/s) \( \omega_{b} \lt 0 \)
\( \omega_{n} \): 静止状態での固有円振動(rad/s) \( \omega_{n} \gt 0 \)
\( \Omega \): 回転体の振動数(rad/s) \( \Omega \gt 0 \)
\( \gamma \): ジャイロファクタ
回転中の固有振動数はふれまわりの振動(公転運動)として発生し,その回転方向は,回転体の回転(自転)方向と同じ方向が前向き,回転体の回転方向と同じ方向が後ろ向き,として定義されます.
上式は,前向きと後ろ向きの振動数が異なること,そして,前向きの固有円振動数のほうが後ろ向き固有振動数よりも常に高いことを示しています.
また,前向きの固有振動数は,前向きの振動によってのみ励起され,後ろ向きは後ろ向きの振動によってのみ励起される,という特徴があります.
ここで,静止状態\( \Omega = 0 \)や,ジャイロ効果がない\( \gamma = 0 \)を仮定すると,次式が得られます.
\( \omega_{f} = \omega_{n} \)
\( \omega_{b} = - \omega_{n} \)
回転体力学では,回転体の自転方向と同じかどうかで振動の正負方向を決めているため,前向きと後ろ向きで振動方向が逆で振動数そのものが同じである,ということを示しています.
静止状態では両方向の振動が共存することによって,方向性が相殺されて単振動が生じる,というのが静止状態やジャイロ効果が無い状態での振動になります.
ここで,ジャイロ効果が無視できるかどうかはジャイロファクタを計算することにより判断できることがわかります.
しかしながら,ジャイロファクタの説明はここまでしていません.
ジャイロファクタは,ネットで検索してもいまいち出てこないので正式な単語かどうかはよくわかりませんが,次式で計算できます.
ここでは一般化されたロータで説明します.
片方の端部が固定された長さLの棒の先に,円盤がついているような形状をしているとします.
\( \gamma = \cfrac{I_{p}}{I_{1}} = \cfrac{I_{p}}{I_{d} + ML^{2}} \)
\( I_{p} \): 極慣性能率(回転軸周りの慣性モーメント)
\( I_{d} \): 横慣性能率(重心を通り,かつ,回転軸に垂直な軸周りの慣性モーメント)
\( I_{1} \): ロータの固定端を基準とした横慣性能率
\( M \): ロータ質量
\( L \): 固定端から重心までの距離
つまり,ロータの固定端を基準座標系に取った,回転軸周りの慣性モーメントと,回転軸に垂直な軸周りの慣性モーメントの比を,ジャイロファクタと呼んでいることがわかります.
このジャイロファクタは,厚みの無視できる円盤であっても\( \gamma = 2 \)にしかならないため,\( 0 \leqq \gamma \lt 2 \)の範囲しか取りえないです.
回転体を円柱とした場合のジャイロファクタの計算については「L/Dとジャイロファクタの関係」に示しています.
これにより,回転体では回転数によって固有振動数が変化するということがわかりました.
では,両者が一致する回転数,つまり,危険速度はいくつになるのでしょうか.
まず,危険速度の発生源は不釣り合いによる遠心力で,これは回転体の回転方向と一致します.
つまり,危険速度は前向きの固有振動数と一致したときであり,その振動方向は常に前向きであることがわかります.
では,前向きの固有振動数と,回転体の振動数が一致するという式を立てて,その共振が発生する振動数を算出します.
\( \Omega = \omega_{f} = \lbrace \cfrac{\gamma}{2}\cfrac{\Omega}{\omega_{n}} + \sqrt{1+ (\cfrac{\gamma}{2}\cfrac{\Omega}{\omega_{n}})^{2}} \rbrace \omega_{n} \)
より,
\( \Omega_{c} = \cfrac{\omega_{n}}{ \sqrt{ 1 - \gamma} } \)
となり,これがジャイロ効果を考慮した危険速度\( \Omega_{c} \)を示しています.
ジャイロファクタがゼロであれば静止状態の固有円振動と一致することがわかります.
また,\( 0 \le \gamma \lt 1 \)では,危険速度\( \Omega_{c} \)は固有円振動よりも常に高いことがわかります.
\( 1 \le \gamma \lt 2 \)では,危険速度は存在しないです.
では,切削加工においては,前向きの固有振動数と後ろ向き固有振動数が,どのように作用するかを考えます.
切削加工においては,切削抵抗が回転体に作用します.
切削抵抗自体は,回転体の回転方向に対して逆向き,かつ,接線方向に加えられる場合が多いように思えますが,回転中心方向に向く成分もあります.
回転中心方向に向く切削抵抗成分は,前向きと後ろ向きの成分を合成すると単振動になるという理屈より,前向きと後ろ向きの両成分を持っていると考えることができます.
つまり,切削抵抗による振動は,前向きと後ろ向きの両方向を励起しうるということになります.
また,切削加工の場合は,刃数によって回転数の整数倍の振動成分が生じるので,それもここでは次式として考慮します.
\( \Omega_{cut} = \pm Z \Omega \)
\( \Omega_{cut} \): 切れ刃通過円振動数(rad/s)
\( Z \): 刃数
として,前向きと後ろ向きの固有円振動の式とつなげて式を立てます.
まず,前向き固有円振動と一致する条件として,
\( Z\Omega = \omega_{f} = \lbrace \cfrac{\gamma}{2}\cfrac{\Omega}{\omega_{n}} + \sqrt{1+ (\cfrac{\gamma}{2}\cfrac{\Omega}{\omega_{n}})^{2}} \rbrace \omega_{n} \)
より,前向きの固有円振動\( \Omega_{cf} \)
\( \Omega_{cf} = \cfrac{\omega_{n}}{ \sqrt{ Z (Z - \gamma) } } \)
が得られます.
次に,後ろ向き固有円振動と一致する条件として,
\( -Z\Omega = \omega_{b} = \lbrace \cfrac{\gamma}{2}\cfrac{\Omega}{\omega_{n}} - \sqrt{1+ (\cfrac{\gamma}{2}\cfrac{\Omega}{\omega_{n}})^{2}} \rbrace \omega_{n} \)
より,後ろ向きの固有円振動\( \Omega_{cb} \)は
\( \Omega_{cb} = - \cfrac{\omega_{n}}{ \sqrt{ Z (Z + \gamma) } } \)
が得られます.
よって,刃数が増えるほど,危険速度が低くなることがわかります.
ここまでの議論では,円振動数のみに着目してきました.
次に,不釣り合いによる回転体の運動に着目し,その振幅を計算します.
不釣り合いがあるので,回転体の回転中心と,重心位置は一致しないことが前提条件となります.
まず回転体の中心の運動軌跡を次式で定義します.
\( X_{s} = R \cos(\omega t + \alpha) \)
\( Y_{s} = R \sin(\omega t + \alpha) \)
この回転体の中心周りに重心が回転するので,重心の運動軌跡は次式で定義されます.
\( X_{g} = X_{s} + \varepsilon \cos(\omega t) \)
\( Y_{g} = Y_{s} + \varepsilon \sin(\omega t) \)
詳細を全部飛ばして,減衰を考慮せず,ジャイロ効果を考慮した場合の振幅Rの式を以下に示します.
共振現象なので,位相遅れも発生します.
\( \Omega \lt \Omega_{c} \)のとき,\( R = \cfrac{\varepsilon}{1-\gamma}\cfrac{1}{ ( \cfrac{ \Omega_{c}}{\Omega})^{2} -1} \), \( \alpha = 0 \)
\( \Omega \gt \Omega_{c} \)のとき,\( R = \cfrac{\varepsilon}{1-\gamma}\cfrac{1}{ 1 - ( \cfrac{ \Omega_{c}}{\Omega})^{2}} \), \( \alpha = -\pi \)
この振幅Rの数式を回転中心と重心の運動軌跡の式に代入し,回転数\( \Omega \to 0 \)を仮定すると,
\( X_{s} = 0 \)
\( Y_{s} = 0 \)
\( X_{g} = \varepsilon \cos(\omega t) \)
\( Y_{g} = \varepsilon \sin(\omega t) \)
となり,遠心力もなく,回転中心周りに重心が回転しているだけで,いたって普通の状態です.
次に,回転数\( \Omega \to \infty \)を仮定すると,
\( X_{s} = -\cfrac{\varepsilon}{1-\gamma}\cos(\omega t) \)
\( Y_{s} = -\cfrac{\varepsilon}{1-\gamma}\sin(\omega t) \)
\( X_{g} = -\cfrac{\varepsilon}{1-\gamma}\cos(\omega t) + \varepsilon \cos(\omega t) = \cfrac{ \varepsilon }{1-\cfrac{1}{\gamma}} \cos(\omega t) \)
\( Y_{g} = -\cfrac{\varepsilon}{1-\gamma}\sin(\omega t) + \varepsilon \sin(\omega t) = \cfrac{ \varepsilon }{1-\cfrac{1}{\gamma}} \sin(\omega t) \)
\( 0 \leqq \gamma \lt 1 \)では,振幅Rが定義できます.
\( \gamma = 1 \)では,既に述べたとおり,危険速度が無限大になっていました.
これは危険速度が無限なので安全というわけではなく,振幅Rが無限大になるので非常に危険だということがわかります.
\( 1 \lt \gamma \lt 2 \)では,危険速度がなかったのと同じで,振幅も定義できないです.
ここからさらに,ジャイロ効果を無視するとして\( \gamma \to 0 \)を仮定すると,
\( X_{s} = -\varepsilon\cos(\omega t) \)
\( Y_{s} = -\varepsilon\sin(\omega t) \)
\( X_{g} = 0 \)
\( Y_{g} = 0 \)
となり,重心が座標中心に移動し,その周りを回転中心が回転するという逆転現象が生じることがわかります.
回転数を上昇させていくと,最初は遠心力により外側に引っ張られて振動振幅が大きくなります.
そこから危険速度を超えて,高速回転させていくと重心周りに回転し始め,遠心力による振幅が減少し,回転体の振動振幅が減少するという現象が観察できます.
これが自動調心性と呼ばれています.
よって,切削工具の不釣り合いによる半径方向の振れは,回転数によって増減することと,それが高速回転においては収束して安定することがわかります.
最後に,回転体の見かけの剛性についても述べたいのですが,ここはまだ数式での書き方がよくわかっていません.
定性的な話でいうと,自転車のタイヤを回転させてジャイロ効果の体験をしたことがある人ならわかると思います.
回転しているタイヤの向きを変えるために荷重を加えるとき,その姿勢変化に対して必要な荷重が明らかに,静止状態よりも高いと思います.
この,回転体の向きを変えるのに必要な荷重がジャイロ効果によって増える,ということが,見かけの剛性を増大させていると推定しています.
ただし,その具体的な増大量の計算方法がわかっていないので,またわかったら続きを書きます.
参考文献:
・松下修己,田中正人,神吉博,小林正生,回転機械の振動 実用的振動解析の基本,コロナ社
・石田幸男,池田隆,回転体力学の基礎と制振,コロナ社