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最終更新日:2024年05月30日

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切削速度と工具寿命の関係式

工具寿命というのは,様々な摩耗進展要因で決定します.
単純な擦過距離で決まる場合,熱特性を含む逃げ面摩耗やすくい面摩耗で決まる場合などがあります.
ここでは,提案されている理論式を組み合わせて,切削速度による工具寿命への影響推定ができそうな感じを目指します.
切削速度が切削距離に直結するように旋削加工を想定します.

  1. アブレシブ摩耗
    もっとも単純なパターンで,工具と工作物の擦過距離が主要因の場合です.
    \( L = V_{c}T \)
    \( T = \cfrac{L}{V_{c}} \)

    \( V_{c} \): 切削速度
    \( T \): 工具寿命(時間)
    \( L \): 工具寿命(距離)

  2. 逃げ面摩耗(Taylorの寿命方程式)
    Taylorの寿命方程式と切削距離」や「Taylorの寿命方程式の係数を求める方法(計算機能あり)」で説明した式を使います.
    \( C = V_{c}T^{n} \)
    より
    \( T = (\cfrac{C}{V_{c}})^{\cfrac{1}{n}} \)

    \( L = V_{c}T = V_{c}(\cfrac{C}{V_{c}})^{\cfrac{1}{n}} \)
    \( = C^{\cfrac{1}{n}}V_{c}^{\cfrac{n-1}{n}} \)

    \( C \): 定数
    \( n \): 係数

  3. 逃げ面摩耗,すくい面摩耗(摩耗特性式)
    すくい面摩耗特性の検討 切削工具寿命の解析的予測に関する研究(第1報)」によると摩耗特性式は次式のようになります.

    \( \cfrac{dW}{\sigma_{t}dL} = c\exp(-\cfrac{\lambda}{\theta}) \)

    \( \cfrac{dW}{dL} \): 単位面積,単位摩擦距離当たりの摩耗体積
    \( \sigma_{t} \): 摩耗面の垂直応力
    \( \theta \): 絶対温度
    \( c \): 係数
    \( \lambda \): 定数

    上式を少し書き換えると次式になります.

    \( \cfrac{dW}{dL} = \sigma_{t}c\exp(-\cfrac{\lambda}{\theta}) \)

    切削速度によって変化しそうな数値は\( \sigma_{t} \)と\( \theta \)の2つになります.

    まず,摩耗面の垂直応力\( \sigma_{t} \)と切削速度の関係を調べます.
    摩耗面の垂直応力\( \sigma_{t} \)は,比切削抵抗の影響を受けることが推測できます.
    比切削抵抗と切削速度の関係は,「切削抵抗の3分力を与える実用式」に一例があります.

    \( F_{v} = aS \lbrace \overline{f_{v}} + C_{Vh}( \cfrac{1}{\sqrt{Vh}} - \cfrac{1}{\sqrt{ \overline{Vh}}}) -C_{\gamma}( \gamma - \overline{\gamma} ) \rbrace \)

    各文字の意味を説明するのがめんどくさいので,知りたい方は原文を確認してください.
    上式より切削速度の成分をざっくり抜き出すと,次式の関係が得られます.

    \( \sigma \varpropto \cfrac{1}{\sqrt{V_{c}}} = V_{c}^{-0.5} \)

    次に,絶対温度\( \theta \)と切削速度の関係を調べます.
    絶対温度\( \theta \)と切削速度の関係は,「次元解析による切削温度の研究(Al2O3工具を用いた旋削における切削条件の影響)」に一例があります.

    \( \theta = Cks\cfrac{ v^{\cfrac{1}{2}} a^{\cfrac{1}{4}} f^{\cfrac{1}{4}} }{ (\rho c)^{\cfrac{1}{2}} \lambda^{\cfrac{1}{2}} } \)

    上式より切削速度の成分を抜き出すと,次式の関係が得られます.

    \( \theta \varpropto Cks\cfrac{ a^{\cfrac{1}{4}} f^{\cfrac{1}{4}} }{ (\rho c)^{\cfrac{1}{2}} \lambda^{\cfrac{1}{2}} } V_{c}^{0.5} \)

    この\( \sigma_{t} \)と\( \theta \)の関係性を摩耗特性式に代入すると,次式の関係になります.

    \( \cfrac{dW}{dL} \varpropto V_{c}^{-0.5} \exp( - \cfrac{ (\rho c)^{\cfrac{1}{2}} \lambda^{\cfrac{1}{2}} }{ a^{\cfrac{1}{4}} f^{\cfrac{1}{4}} } \cfrac{1}{V_{c}^{0.5}}) = V_{c}^{-0.5} \exp( - \cfrac{ (\rho c)^{\cfrac{1}{2}} \lambda^{\cfrac{1}{2}} }{ a^{\cfrac{1}{4}} f^{\cfrac{1}{4}} } V_{c}^{-0.5}) \)

    摩耗特性式は摩耗の速度を示しているので,一定の摩耗量Wに到達したときに寿命であると判断することにすると,次式が成立すると仮定できます.

    \( W = \cfrac{dW}{dL}L \)

    よって,次式の関係が得られます.

    \( L \varpropto (\cfrac{dW}{dL})^{-1} = V_{c}^{0.5} \exp( - \cfrac{ (\rho c)^{\cfrac{1}{2}} \lambda^{\cfrac{1}{2}} }{ a^{\cfrac{1}{4}} f^{\cfrac{1}{4}} } V_{c}^{-0.5}) \)

    \( T = \cfrac{L}{V_{c}} \varpropto \cfrac{ V_{c}^{0.5} \exp( - \cfrac{ (\rho c)^{\cfrac{1}{2}} \lambda^{\cfrac{1}{2}} }{ a^{\cfrac{1}{4}} f^{\cfrac{1}{4}} } V_{c}^{-0.5}) }{ V_{c} } = V_{c}^{-0.5} \exp( - \cfrac{ (\rho c)^{\cfrac{1}{2}} \lambda^{\cfrac{1}{2}} }{ a^{\cfrac{1}{4}} f^{\cfrac{1}{4}} } V_{c}^{-0.5}) \)

数式同士を雑に組み合わせると,何か数式が出てきました.
一応,切削速度と工具寿命の比例関係を示してはいるので,切削速度Aと切削速度Bで分子分母の形を作れば,切削速度変化で工具寿命がどのくらい変化するかが,各係数がわからなくても推定できる場合があります.
そのためだけに,「比例関係」だけを抽出しています.
ただし,摩耗特性式のほうは,Vcが二か所にあるため係数が一部必要になるので,それがわからないと,比例関係もわかりません.
あと,これらの数式によって,切削速度による工具寿命の変化が予測できるなら凄いですが,そんなはずはないので何の役に立つかどうかすら怪しいと思います.
そもそも,比切削抵抗や温度の理論式は,他にもいくつか提案されていて,ここで紹介した式とは違う形をしていることも,その要因の一つです.
よって,時間がない時に苦肉の策で使ってみるくらいしか使い道はないと思います.

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